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2005.08.31

秋葉原という街

再開発で大型オフィスビルが林立し、隙間に出来た空間で女の子たちのゲリラ的なパフォーマンスなんかが行なわれる。握手会なのか男たちに囲まれてる娘がいたり、セーラー服姿の中学生くらいの二人組がカラオケで踊ったり。
駅前でのチラシ/ティッシュ配りもキャンギャル風からメイド衣裳に様変わりした。コスプレはパフォーマンスで客引きする。で、業種は何だろうと見ると、新規開店したメイド喫茶も中にはあるが、主にはパチンコやゲーセンだ。
メイド喫茶は風俗ではないだろうけど、集まる男の子たちには、その手前ぐらいの感覚なのではないかと思える。

それらをよそに、ホームレスの多いことったらない。アルミ缶や段ボール回収の台車を押す姿が溢れてる。車道上での信号無視も珍しくなく、警察は警告はしても取り締まりはしない。真夏にも真冬の衣裳で移動し、どこからか手に入れた残飯を路上で立ち止まって掻き込んだりする。夕方に、古い業態のビルが閉まれば、そのシャッター前はホームレスたちの寝床だ。小金を蓄めた彼らはどこの店にも出入りして、食事も買物もする。ほとんどがセルフサービスの店だが、気付かないのか、店員は追い出さない。ときたま御徒町駅前のパン屋から出てきて「わかってないよ!」と大声を張
り上げたりするけれど。

昼食時、試しに色々と入ってみるが、建物が古いのでその狭さに驚かされる。
カウンターだけの洋食屋の厨房スペースの足元はグリーストラップで段差があり、それを囲むように壁にはフライヤーとグルリルが並び洗い場横の調理スペースには温熱器に掛かった味噌汁とカレールーが見える。見習いの東南アジア系の青年は日本語はあまり得意ではないらしく同じフレーズを繰り返す。小さな店では見慣れてしまった風景だが、見習いと店主のやり取りは、諦めるか尊大になるかの違いだけだ。

しかしそれでも、自宅付近のように朝から鳴き声に目を覚まされることはないのだろう、この辺りでカラスは見ない。きっと、しっかりしてるのだろう。

郵便物を溢れさせていた例のプレファブは隣のビルが外装してるのでブロックの土台だけになってしまった。

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