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2005.08.08

無国籍音楽

久しぶりに、朝鮮の“民族音楽”を聞いた。

改良民族楽器によるアンサンブルで、戦後に北で書かれた物を“伝統”とする、この音楽は一体なんだろうか。

演奏するアマチアたちの問題ではなく、作品が秘めている西欧的な教養と、地理的な影響を考えずに居れない。
ある曲は間違いなくソ連的で、ある曲は中国的な響きを狙っている。
近代国家の枠組みによって、その出自を失ってしまった楽器による“民謡”編曲、つまりは「根無し」音楽。
>舞踏も同じだと聞いた。南と違って、ナンバが無くなっているとか、色々。

作曲家たちは不慣れな五音音階(ペンタトニック)に戸惑いながらスケール(音階)として盛り上げるための技法を思い付けず、金太郎飴的に、同音型を書き記したに過ぎない。それが異なる作曲家によるにも係わらず現われる。手抜きなのか、策が無くて呆然としてるのか。

曲の中央を横断する無神経な(西欧音階の)アルペジオ。チャンダンとは無関係なベースライン。

酒場のサロンミュージックにしては政治的過ぎる。

ウリ教育では、これだけ引き裂かれた物を“民族の伝統”と呼んでいる。
代を継ごうと言う。

トンデモ音楽、そう思ったらシルベストロフ「キッチュミュージック」というのを思い出した。ユーモアでなく自虐的だが。

演奏に関しては、近年、日本の歌舞伎でさえも、微妙な間合いや、音に対する感覚が西欧的になってるのと同じく、微分音的な音色が感じられない。
それと、西欧のビブラートに相当するロウム(これは装飾音の類か)が身に付いてない。
朝鮮の踊りは肩で表情を出す。音楽演奏も同様だ。肩に表情がなければ音楽にもない。リズムとビートの違い。
自分の枠の中で音楽を捕らえると、より大きなものが見えてこない。
伊福部を聞いたら、あるいはイシュトヴァーン・マルタを聞いたら。。。マンスリアンのコミタス編曲も面白いだろう。

これに限らず、民族アンサンブルはジャズのビッグバンドが一番近いと思ってる。

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