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2005.10.24

ペール・ネルゴー

デンマークの、映画「バベットの晩餐会」の音を付けた作曲家。ペル・ネアゴォ。
なぜか思い出して月の連作を聞く。
「LUNA」「交響曲3番」「Twilight」

月明かりを見上げてる時に抱く想念、それをじっくりと想起する、瞑想する時間。肉眼でよりも大きな姿を見せる月。
(より手軽にそれを味わいたければEP-4のクリスタルモンスターを聞くべきだろう)
と、まるでアタッカで繋がるように交響曲が始まる。夜の深みで流星群を浴びるような小クライマックス。細部まで手抜かりの無い音の仕上がり具合が心地良い。
現代の戦なのに剣を抜くように、和音が累ねられていく場面は、却って奇抜なアイデアを聞かされたような思いだ。その流星群は様々な過去の作品方法を解体して見せる。
破壊と想像、月明かりの凶器による変質/偏執。。。




"ダーウィン的方法―運動からアフォーダンスへ" (佐々木 正人)


「ダーウィン的方法」。
これまで読んできた佐々木とは違って、すんなりと馴染むので驚いた。佐々木の記述は読むたびに胸に迫るものがあり、この本でも、前書きの入れ子とマイクロスリップに思わず、嗚咽が詰まって声を上げそうになった。いつかカンタータにでも書いてみたい。

いつになく丁寧に意味内容と用語の関係を仮定する。

先を端折って結論じみた予言をするなら、トレース、スキャニング、シミュレーション。これら現代の先端思想の方法論において、前二者は論考や検証であるのに対し、後者は身体的身振りにより役を演じることを提起する、言わば超次元の方法論だ。
役を演じるのは、声と身体、そして衣裳や舞台装置としての環境。
では、オタクとは秋葉原という地霊がアフォードしたのだろうか。
それともソヴィエト期の芸術はゾーンでの出来事だったか。
ならばエルサレムは血塗られ呪われた地だ。
知覚は、対象をなぞる事で生じる作用なのか。

「複製技術時代の芸術」を佐々木は語らない。コミュニケーション自体が複製という出自を持つ以上は避けられない。伝達とは複製することだろう。

「ダーウィン的方法」、パラダイムシフト。マイクロスリップのそれは、矢を放てば的までの無限大に存在する無数の空間点を捕らえるとした鈴木大拙を思わせ、腕を上げれば世界中から八百万の諸説がその説明に駆せ参じるのであろう。

真似るな!盗め!親父の財産は奪い取れ。

月明かりにコンガを叩く。
月明かりがコンガを叩く。

佐々木は、言葉の発達を取り上げるだろうか?

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