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2005.11.04

茨城のおける在日朝鮮人の歩み

知人の弟が教員時代に編纂した証言集をもらった。
まえがきを読んだだけで滅入ってしまう。
自分は日本語読みの手だれと自負していたが、なんてリズム感だろう。このギクシャクとした文章は。
正確を期そうとする余りに、自由な発話を抑制してしまった。
これが我々が歴史を述べる時のスタイルなのだろう。
自分と現実に向き合う吃音。
そこにはマイクロ・スリップもフェイントもない。
自己を語る言語を持ち合わせない、仮の能力だ。
たしかに、この編纂物は地方史の中で評価が高い。公的ではない、読み物として市井の生活を記録してるとして。
それでも、日本に生まれ育った者でさえもが、この吃音だ。

在日同胞にオーラルヒストリーとしてのエクリチュールは存在するのだろうか。
>結局は、素人だからではないのかな。

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