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2005.12.05

Bright Shengを聞き直す

どうやら、西洋の知に対して、東洋のそれがあるのなら、と仮定した聞き方をしてしまうようだ。
キリスト教の文明様式と異なろうとも、それが存在することに何ら疑いはないのに。
日野啓三は、マルト・ロベールのカフカ論を引き合いに出して、自分という狭い器で世界を測ったり受け止めようとしたりするな、と諭した。

西洋音楽という特定のレンジに、決め付けてしまうと、土俗文化は全て(コダーイが言ったように)舞台化粧をされて素顔は判らなくなってしまうだろう。

ならば何処まで己と対峙できるか、が課題となる。

さて、それでは西洋に何を持ち込むのか、何を教えるのか。

Sheng(1955)を聞き直すと、スベトラーノフが「ショスタコヴィッチには哲学があるがバルトークにはそれがない」と言ったのを思い出す。日本のある評論家は「ブレーズがバルトークを振るのはストラヴィンスキーの練習のため」と言った。

Shengは西欧音楽に遠慮はしていないだろう。音楽を実に見事に西洋風を操る。奔放に溢れ出るイメージも素晴らしい。
知のレンジを西欧のそれに通用する範囲で表現してみせる作家の腕前には感服させられる。

ここで考えてみたいのは、音楽は何を表すのか。現代という時代を作家がどう感じたか。そうみると、不変な哲学を語るではなく、エスニックなクロニクルでしかないように思える。
(聞いてる側の虚無なのか?)

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