« 流しの演歌歌手商法と思ってたが | Main | KAFKAのリボン »

2006.02.07

夜の音楽

20世紀の両大戦の間に夜の思想とも呼ぶべきものが作られたのだ。
端的にはバルトークの一連の夜の音楽。
そして、ショスタコヴィッチのピアノ五重奏曲のような真夜中から夜更けて暁までの時間。

夜に似付かわしい音楽はそれまでにも沢山あった。
ブルックナーがダンスフロアに、シュールホフがナイトクラブに、あるいはシューベルトやゲーテの仲間内の集まりの、それは夜の過ごし方として。
あるいはヴィヴァルディのこの世を引きずり込んで没落しようとするほどに強烈なヴェネチアの黄昏どきのような絵画的心象風景。

夜は電気によって薄められ、人々は終末を期待することを奪われたのか、絶望の先に暁という再生を希望するようになった。

バルトークは夜に憩う術を見付け、自由な想念をはばたかせて明滅する思想を告白する。
シュスタコヴィッチは夜更けの闇の中に道を模索しようと暁の光に向って消え失せてしまう。

ひょっとすると、薄められた夜に分け入ったのは、さらに暗い闇を求めるためだったかも知れない。
純粋に自分と向き合うためなのか、騒がしい世の中から逃れるためだったか。

音楽を記録再生できるようになって以降ヴァーチャルかリアルかと問うた者はないと思う。コミュニケーションの質の問題だし、分からないから良いと思うこともあるだろう。
間違いなく、寸分違わぬトレースをして理解できてる訳ではない。
むしろ不可逆な現在に所属するリアルタイムがあるだけなのかも知れない。

リンドバーグ夫人の「海からの贈り物」の「海」とは、「ソラリス」の海であろう。そこではどの時点でも、未来さえもが繰り返され得る。過去なんて存在しなくて、私は永遠に現在に所属している。。。「永遠の現在」またはテルテリアンのような「現在する永遠」があるのだろう。

これらは夜の音楽としての話で、昼間の太陽の下で出会えば、また話は違う。

|

« 流しの演歌歌手商法と思ってたが | Main | KAFKAのリボン »

音楽」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 夜の音楽:

» 「ソラリスの陽のもとに」スタニスワフ・レム / 共存か敵対かの二元論を超えた、遭遇SF [辻斬り書評 ]
SFの古典的名作。先年、ジョージ・クルーニーの主演でリメイクされた映画 はさんざんな出来だったそうだが、それも小説の評価を下げるものではないだろう。 海に覆われた無生物惑星ソラリス。どういうメカニズムによってか、惑星の公転軌道を調整する機能を果たす海そ... [Read More]

Tracked on 2006.02.11 11:11 AM

« 流しの演歌歌手商法と思ってたが | Main | KAFKAのリボン »