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2006.04.10

スピヴァコフ

しばらく前HMVのワゴンで315円だったRCA RED SEALの二枚組の封を切る。

一枚目。
ショスタコヴィッチの弦楽四重奏曲8番と3番を編曲した室内交響曲。前者はルドルフ・バルシャイ、後者はヴラジミル・ミルマン。原曲の危うい感がなくそれなりに曲として成立してる、と聞こえるのは演じ手が多数揃って隙間が埋まってるからか。それでもショスタコらしからぬ仕上がりで大変結構なお手並みだ。
続くシチェドリンのケーテン市のための音楽 祝典でこれ演奏したのだろうか。ポスト・ショスタコの声が高かっただけに期待させられるが、オブリガートのチェンバロは歴史的な権威付けとしても、なんともチープな雰囲気で終始してる。

二枚目。
冒頭のカール・アマデウス・ハルトマンの葬送協奏曲からスピヴァコフの個性が伺える。最近の傾向では作者の郷愁を音色の繊細さで臨む所だが、安いメロドラマになりそうな所で踏み留まって、引用寸前のフレーズを次々と繰り出して泰然としてるハルトマン本来の豪胆さに挑んでるようで、ちょっとズレたフォーカスが、面白い。が曲自体にまとまりがないので、漫然と聞いてしまい物足りなさが残る。
ストラヴィンスキーの弦楽合奏のための協奏曲ニ調って、こんなに行ったり来たりしてたっけ?後のシュニトケがやったよりも、無調と調性を往復する感覚が無茶苦茶面白く、現代に演奏される理由がある。ブレーズはこうじゃなかっと思う。この演奏、テヌートのせいか、聞き間違いでなかったら、ストラヴィンスキーらしからぬ調性感覚が聞き取れて面白い。
さて次は、シュニトケの古典様式の組曲をスピヴァコフとミルマンが編曲した。古典だったらトランペットだろうという編成なのだが、この二人、ホルンを用いてる。それ以外は原曲も原作者も伏せたら、いつの時代の誰の何やら、って感じが良い。
ペルト B-A-C-Hによるコラージュ は、音列を勉強する人が必ずといって良いほど手懸ける類の古典組曲。エストニア勢だったら決してしないだろう、音の濁りを、マッスとして描いてると受け留めてるらしい所が興味深い。
エジソン・デニソフ ハイドンのカノンによる変奏曲 は、ある意味、この二枚目の全てを総括するような技法とスタイルで書かれ、次の終局を先取りするような予感で締め括られる。独奏チェロの立場は?と考える間に終曲の鐘の音が告げられる。
ペルト ベンジャミン・ブリテンの追悼歌
濁った音色、ノイジーな弦の響き。
音楽に繊細さだけでなく、力を持ち込むスピヴァコフ。モスクワは、こう解釈するんだよ、と言わんばかりに見事だ。

スピヴァコフは、だらしないのかも知れない。ただそれだけなのかも知れない。なので、作者らしさを削いでしまうのだ。そうして、怪しさ満載とまではいかないまでも、なかなかにいかがわしく愉しめるアルバムが仕上がった。

しばらく、最近再評価の誉高いグラツィナ・バツェヴィッチ、の弦楽四重奏曲を聞いてるが、ドビッシー、ラヴェルの流れを汲む音楽で、アイデアがなんとなく健全すぎて息苦しい。
どうも自分には、いかがわしい音楽のほうが合ってるようだ。

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