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2006.05.13

雑記(MMを読みながら)

帰りの電車でプリントアウトしたMMを2本読んでいた。

"ライブドア関連会社元社長が書いた実録!悪の経営術" (小野寺 隆)」を紹介する池田由里子の記事は、経営とモラルの関係を指摘したいのだろうと思う。
ルールとモラルの差異。
無くなったと思いたい業界の不文律。

以前に貸した種村の、手品師・詐欺師・妖術遣い等を紹介した本("詐欺師の楽園" (種村 季弘))、あれの後書きで、それらは昔、冒険家と呼ばれてたと書いた。今で言う所のベンチャー企業家だろう。
今朝は何故かディズニー兄弟のことを考えていて、本田・藤沢コンビの、3週間話し合った以降は互いに会うこともなかったなんて伝説と、本田の仕事のみならず遊びも豪快だった伝説も思い出し、藤沢と比較してみるのだった。

その合間に伊福部昭「ラウダコンチェルタータ」の、あの忘我の境地を思い出し、それとマリファナの陶酔感とを混同すること自体にアメリカン・ミニマルの限界がある、てなことを思っていた。

企業経営でなくとも、解り合えるなんて事、そうそうあることではないし、企業は一人で動かせるのかも、気になるところだ。

もうひとつのMMは、十河進「魂の発露を見るために」で、画家の痛みが重なる頃に、福永武彦が登場した。そうか、福永は読まなければならない作家だったか。

ポロックが浮気相手と自動車事故で死んだが、本田は芸者を乗せて河に飛び込んだりしてたんだが。。。と余計なことも思い出した。

冒頭の「悪の経営術」だけど、こんな本はこれまでも掃いて捨てるほどあった。心理学を導入したちょっとしたビジネスのノウハウ本や、偉人伝に始まり立身出世は、すべからく。最近の企業経営者の伝記物だってもだ。

だから、塀の上を走ってると語ってた田中角栄は真剣だったし、正確で正直な感覚の持ち主だったんじゃないか、と思ってみたりする。

こんなことをメモすることの意味は、誰もがボードレールやセルバンテスになれる可能性があると思わせることだろう。
今和次郎やベンヤミンの方法は、自分には今ひとつピンと来ないので判らんが。

それにしても、こんなことを考えてる時に人は何を目にして見てるのだろう?
物の輪郭や遠近をしっかりと認識してるだろうか。
いつもと同じ、と可視フレームの隅々まで見ずにいるのではないか。
それは速読のように単語をブロックや画像で認識するようなのか。だとしたら、その画像データは何を認識させるに十分なものだろう。
「いつもと同じ」と認識される手順や方法はどうなってるのだろう。
例えば「意志あるデータベース」に素早く無意識に照合してるのかも知れない。


オマケ。カラオケ歌ったらママさんに「あら、あなた半音じゃないけど、間の音が出るのね」と言われた。アイダ?それ以前だって出てるかどうか。。。そう言われて「canti del cupricorno」(スペル合ってる?)を書いてもらうことになったて話を聞いたが、今回は自分で書くのかな。

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十河進「魂の発露を見るために」
http://www.dgcr.com/cgi-bin/backnumber/back.cgi?mode=right&year=2006&month=5&day=12

Posted by: katute | 2006.05.16 06:00 PM

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