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2006.05.25

佐々木の記事が

どうにも気になるのは、悩みながら何度も書き直したような、文脈を無視するように検閲が切り裂いたような文章だからだ。
これ

何処もしっかりと、脇見もせずに進んで行けるような状態ではない。
何を気遣ってるのだろう、と読みながらこちらが気を揉んでしまう。
それほどに対象との距離を上手く掴めずに戸惑っているように思える。

取材して書くってのは、どんな場合にも割り切れるものではないだろう。

hotwiredで突如打ち切った/切られたのも、今回と何かしら関係があるのではないか。
ネット言論をほぼ一巡してcnetに辿り着いたか、それでも、まだ書かなくてはならない業が残ったか。

権力に張りついて取材する側からは、権力に歯向かう者の姿が鮮やかに浮き彫りにされて見えるだろう。立脚点を替えると、それがどのように変化するか。
その視点転換の示唆を暗示するに止めた理由も、対象に理解を寄せながら明確な輪郭を与えない理由も、機が熟さないためなのか。

そして、記事を無理矢理、唐突にも希望を与えて閉じてしまったことだけが、胸に刺さる。

ペシミスティック・サイボーグとは「ファイト・クラブ」や、こうした状況を指差すのだろうか。


先週末デジカメのワークショップに参加しながら、言葉の違いを認識させられた。写真世界には、独自の言語が存在する。それは専門化すれば何処にも現われるのだが、私は毎日の生活で、どんな専門化過程を経てきたのか。世界もまたどうやって進んでるだろう。
解釈は見る者の自由、でも写真にはこれまでに築いてきた表現言語、決まり事としての符丁がある。それをより多く身につけ自然に扱えるものが専門家なのだろう(?)。
これが矛盾するのかさえ見極める思考能力に欠ける自分を見付る。

シャッターを切るのは瞬間、しかし、それが意味するものを理解するには恐ろしい時間を要するだろう。ティプトリーJr.の時間枠を考えるほどに。

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Comments

自分の関心とは別な問題があるようだ。
例えば、こうした言論はネットジャーナリズムではない、とか。
これまた何か真贋問題なのか?

Posted by: katute | 2006.05.26 11:46 AM

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