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2006.10.29

三人目のスペクトル楽派

"Dalbavie: Color" (Naive)
アルバムタイトルが意味ありげだ。
marc-andre dalbavie(1961-)のcolor(2001)、concerto pour viorin(1996)、ciaccona(2002)の三曲。ライブ音源らしく、この手の音楽にとっては命取りだろう。
初めて接する人なので慎重に聞いてはみたものの、現時点では特に注意を払う理由がない。
かつてどこかで聞き知った音楽のコラージュかと思う。なので作者の意図は、変形のバイアス加減を受けとめろということかも知れない。
しかしそれでは、世界のリアリティを覆すようなイメージは受け取れず、シェルシ詣でをしてまで音のスペクトル分析に関心を寄せたとの逸話が意味をなさないだろう。(シェルシ詣ではミュライユとグリゼイだった?)


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さてそういう訳で、スペクトル楽派との宣伝文は無視して聞こう。
最初の曲はパレットに絵の具を載せてるうちに終わってしまう。舞台の前景、中景、後景としたら、芝居が前景でしか演じられてない。
他の曲もそういう傾向にあり、ある種のモノディなのかな。リニアな思考?細部の作り込みが手薄だ。
協奏曲は、三善晃を意味もなく思い出した、そっちの方が聞きごたえがあるだろうなぁ、と。こっちはソロとオケの絡みが活きてない。
最後の曲はサーリアホに献呈されてる、と知って、ようやく作者のポジションが掴めた(この曲こそアルバム中で最もシェルシに近い)と思う。こうして、先達は見つかった。さて、何処へ向かう。「退屈な現代」を繰り返すか、新たな地平を拓くのか。


名前が似てる(?)のでMark-Anthony Turnage(1960-)のDrowned Out(1992-93)、Kai(1989-90)、Three Screaming Popes(1988-89)、Momentum(1990-91)のおそらくターネイジのデビュー盤を探して聞き直す。
なかなか曲想がのれずにギクシャクとした感が続くけど、それが今となっては悪くない。
はじめの曲はゴールディング『ピンチャー・マーティン』からの着想。三曲目はフランシス・ベーコンから。

こういうのを聞くとふと思う。中沢新一が説くような東洋的な歴史など描くには、どんな音が合うのかな?

>これ?
"Mark-Anthony Turnage: Drowned Out/Kai/Three Screaming Popes/Momentum" (EMI)

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Mark-Anthony Turnage(1960-)
http://www.amazon.co.jp/Turnage-Drowned-Screaming-Popes-Momentum/dp/B00000DNT8/

Posted by: katute | 2006.10.29 10:17 AM

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