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2006.12.17

福永武彦 the serious barbarian

最近書店の棚でお目に掛からない福永武彦。しばらく前にはどこにでもあったのに不思議だ。といって、自分も読んだことなかった。ブックオフできれいな新潮文庫を一冊見付けたので読み始めたら、なかなかにサスペンスが盛り上がって面白い。その書き方が巧い。言葉がきちんと研かれ、選ばれた言葉遣いをしてる。これこそがプロの仕事の証し。
物語の筋でなく語り方に長けてる。それは登場人物自身でさえ今この瞬間に起こることを知らずにいるのだから、と言いたくなるほど重層し錯綜した時間が、あるいは人格が噛み合いながら小説は記述されている。
翻ってみると、こうしたポリフォニックな文章の記述構造は最近ではめずらしいのかも知れない。

フィクションと、して価値観をshake upする。

ヴァレンティン・シルヴェストロフが時々オーケストレーションで見せるミュージック・コンクレートなテープ作品のように意味を重層するのに似て、接する者は、そこに自分が保てる意味の総てから閲覧検索した過去の全ての意味を掻き集めて、今現在を見付けようとするようなもの。

そこに見るのは映画のようなサスペンス調の、少しばかり強引なモンタージュによる力任せにメロディを繰り出していく一見無関係に思えるシークエンスの複数の欠片だ。

そして気付かされるのは、これまで街を通り過ぎることにばかり気を取られて街自体を見ていなかった自分と、それによって裏切られてきた自分自身がいるのではないかという漠とした不信。もし裏切ってきたなら裏切られていたのか。それとも逆か?

鮮明な言葉のイメージは映像的手法で接合されて組み立てられている。
そこにサスペンスを盛り上げる音が付いていても何の不思議でもない。大沢誉志幸の歌があっても。

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Comments

きれいなんじゃなかった。この文庫本はやすりを掛けられて天が無様に膨らんでしまってる。素人仕事で出来るやすり掛けはこんなものだろうか。何故やすりを掛けるんだろう?こんな無様に。

Posted by: katute | 2006.12.21 at 01:15 PM

the serious barbarianは練習帳だったと思う。では結果は?大沢誉志幸のその後を知らない。

Posted by: katute | 2007.01.11 at 02:15 PM

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