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2006.12.10

偽りのレシピ

知人と話していて最近は御徒町や上野でも昔の家庭料理は味わえなくなってるという話題になった。チェーン店が繰り出す効率的な料理レシピから味わいを得ることは望めない、なぜなら調理人が再現してるのではないからだ。調理というのは化学的な反応によって起きる結果なので、手順や調味の分量が重要なのだが、セントラルキッチンから搬入される半調理素材は“コピペ”であり正統なプログラム・コードとは呼べない状態だ。それが秋葉原周辺から上野まで広がってきたのだ。チェーン店が繰り出すメニューに生活を支配され味覚を養われた人々にとっては、こちら側が『家庭の
味』と呼ぶのものは存在しないのだ。
これを延長してみると、こんな考えが浮かぶ。
スペシャルインタビュー 梅田望夫氏語る「I(アイ)革命だ」』の満たされない説明は、ついに満たされることはないだろう、と。ポー・ブロンソンに関して梅田も取り上げて論じてたが、それはロール・モデルに限ってのことだった。ポー・ブロンソンが見た「バビロン」が梅田には見えていなかったか、見えていたが説明できなかった。今回のインタビューでも、議論に地盤の変化はない。
ここで言う「バビロン」とは、その時にしか現われないもの、オリジナルが持つ『アウラ』のようなものだ。さまよえる湖に、出逢えなかった、としたらどうすれば良いだろう。故郷へビームしておくれ、と懇願するか。ブロンソンの文脈はそう訴えてるように感じられる。それでも梅田は日本人の感性として日本人に十分伝えたろう。
ついこの間までのバレーと日本の空気に差はなかった。モノに出来る必要十分条件が揃っていたかは確かじゃないが、秋葉原がシリコンバレーになったりはしないさ。
軍部予算をたっぷりと吸い込める下地があって企業が怒濤を上げて急成長する必要があって、熱に浮かされた才能という名の山師たちが大挙してくるような街ではないから。
蔵前橋通りを境に秋葉原と台東区が接してる。秋葉原はオタクで街興しに掛かり、台東区は住民への健康通達予算をケチりながら観光の街を標榜してる(観光は設備産業であり資源投資は不要と思ってる節が伺える。要は住民サービスや福祉のカットにしか思えない、税金にあぐらをかいた御隠居行政だ)。

日本人は日本人論が好きだ、とは、缶コーヒー・ボスのTVCM戦略だが、調査員の目に映る日本人はいささか理解に苦しむ対象だ。
そしてインフルエンサー梅田は、与える人なのだろうか? 与えられたい人なのだろうか? ビジネスにも、古典的な母性は必要だろう。ビジネスを語れるように、次の世代にビジネスのみならず語り聞かせ、自力で夢を語り実現できるように仕立てる、それが育てるということでは。

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