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2006.12.14

『クラウゼヴィッツの暗号文』

この本は、どのジャンルに当てはまるのだろう。不思議に思いながら読んでいた。一層のこと今の時点でならブログ本だろうか。カジュアルで軽やかな文体による論考の進捗。論理的であるより、どちらかと言えば直観的なそれ。歴史を検証するならもっと重みを掛けてに両側からもっと例証する必要があるのかもしれない。

この本は「なぜ戦争をするのかを問う」のだけれど、音楽関連でこういう指摘はされて来なかったので新鮮だった。

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してみると、年末の『第九』は日本の産業界の意思表示と受け留めるべきなんだろう。日本から世界の軍需産業に納品されないものがあるだろうか。「また来年もよろしく」という訳だ。
駄洒落風に言えば、リロードされる世界へ来年も軍需供給し(末世)マッセ、と。

クラウゼヴィッツや、戦争の状況に関する評は多数あるので、それは他に任せる。

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散漫に、だが、「クラウゼヴィッツの大原理」と題された最終章から、トルストイ『戦争と平和』のクラウゼヴィッツ登場場面を解説した後に続く、音楽関連箇所を掻い摘んでみる(主題が絡むところも拾うので煩わしいかな)。

以下、新潮文庫 広瀬隆『クラウゼヴィッツの暗号文』平成四年三月二十五日発行から引用。

 ……一八0四年十二月二日、ついにノートルダム寺院でローマ教皇から冠を戴き、軍国主義者にのし上がって行った。シンフォニー“英雄(エロイカ)”をナポレオンに捧げたベートーヴェンがこれに怒り、「ナポレオン・ボナパルト」と記した譜面の表紙を破り捨てたのは、この時だった。民衆の自由のために戦っていると見えた男が、実は野心家に過ぎなかったと分ったからだ。
 ドイツ宮廷に仕えるベートーヴェンが、民衆側でしかも他国のフランス軍人ナポレオンに憧れたこと自体、今日の歴史家の目には矛盾すると思えるが、まだ“民衆”対“王制”という思想の対立は今日考えるほど鮮明ではなかった。思想そのものが生まれたばかりで、ベートーヴェンにとってはこれらの思想より、魂のほうが重大であった。そのベートーヴェンがドイツのルドルフ大公にピアノを教えていた当時、クラウゼヴィッツが同じドイツのアウグスト親王に副官として仕えていたのである。二十三歳の若さでこの地位まで出世したのは、ナポレオンをしのぐスピードであった。
 ……
 ナポレオン帝国の軍靴の音、砲門の響きが刻々と迫り来るなかで、二十代なかばの立派な軍人に成長していたクラウゼヴィッツは、ドイツを救わんものと書に読みふけった。その時めぐり会ったのが、『ウィリアム(ヴィルヘルム)・テル』の作者ヨハン・クリストフ・フリードリッヒ・シラーの数々の著作だった。シラーは今日、詩人で劇作家と称されている。だが、軍人の息子で、軍人養成所に学び、フランス革命の一七八九年、イェーナ大学の歴史学教授となり、その就任に臨んで“世界史とは何か、またなぜ人はこれを学ぶか”と題する有名な大演説をおこなった人物である。
 その中で、カトリック教会とプロテスタント教会のあいだに続いた三十年戦争について、シラーは声を張りあげた。
「暴力によって得られたものは、暴力によって守られなければならない……剣を手に持って両教会の境界は定められた。この境界は剣によって守られねばならない。最初に剣を捨てる者に禍(わざわい)あれ!」 この暴力讃歌のあとシラーは、『三十年史』を発表し、ジャンヌ・ダルクが剣を持って活躍する『オルレアンの処女』を書き、スイスの悪代官に弓をもって立ち向かう『ウィリアム・テル』を英雄として描いた。
 クラウゼヴィッツは、力を賛美するシラーに熱中した。のちに『戦争論』のなかに記された次の言葉は、シラーの大演説と何と似ていることだろう。
 ——流血をいとう者は、これをいとわない者によって必ず征服される! 戦争は厳しいものであり、博愛主義のごとき婦女子の情が介入する余地などない!
 文末に!を加える時、シラーの再来となる。
 ……
 ヒットラーの著書『わが闘争』に尋ねてみよう。これはヒットラーが自己宣伝も兼ねて執筆した自伝であるので、ないようについては用心してかからねばならないが、それらしい記述がいくつか発見される。次のようなものだ。
 ……
 ——明らかにシラーは、近代の文学者たちにとって何の意味もないのだ! シラーたちが、時代遅れの亡霊にされてしまっている。最近の文学者たちは、ただ自分たちが汚らわしい作品を生産するばかりでなく、過去の偉大な作品を冒涜しているのである。
 ヒットラーは、シラーの崇拝者だったようだ。さらに彼は、シラーの戯曲『フィエスコの反乱』と『ウィリアム・テル』まで引用に及んでいる。そして『わが闘争』の最後の章で、遂にクラウゼヴィッツと自分の関係を明言するのである。
 ——武器を投げ出した民族は、この上ない軽蔑を堪え忍ぶことになる。
 クラウゼヴィッツも彼の“三つの信条”のなかで、次のようにこの点を指摘している。「血みどろの、名誉ある闘争があれば、滅亡しても確実に民族は再び甦る。いつか新しい樹木となってしっかりと根をおろす生命の種子と同じである」と。
 ……
 戦争は、自由主義と共産主義の違いから起こるものではないと分る。
 クラウゼヴィッツのドイツ帝国時代と、現代は違う。あの時代には、ベートーヴェンが力を賛美し、ひとまず第三交響曲“英雄”をナポレオンに捧げた。さらに第九交響曲“合唱”では、音楽的構成がその“英雄”を再現したものとなり、ベートーヴェンは「われら不朽のシラーの詩を歌わん」と記しながら、シラーの詩を人びとに熱唱させた。
 しかしヒットラーのロンドン大空襲のなかに呱々の声をあげたビートルズのジョン・レノンは、“ロール・オーバー・ベートーヴェン”(ベートーヴェンを踏みつぶせ)を熱唱し、ベートーヴェンの“月光”を逆に演奏して“ビコーズ”を作曲した。ベトナム反戦運動に身を捧げた男だ。彼のメッセージが、ベトナム戦争終決に大きく寄与したことをアメリカ人は知っている。
 
 ……引用ここまで。

少し蛇足すると、ロンドン大空襲の1940年にジョン・レノンが生まれ、ロール・オーバー・ベートーヴェンはチャック・ベリーのカバーで、ビコーズはオノ・ヨーコ弾く月光ソナタの和音進行を逆さにしたそうだ。

たしかにベートーヴェンには戦争絡みの音楽が数曲ある。
それを力の賛美とすれば、現代でも音響による力の礼拝は継承されてると言える。

もうひとつ蛇足、先週テレビで見たベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の指揮がロジャー・ノリントンだった。現代的なアンサンブル向けの指揮法で、しなやかな身のこなしで記号性に富んだ暗号を発信するといった趣でなるほど、それならモダンダンスでの衣装が必要で燕尾服ではなかったのだね。

オマケ:
王様の「踊るベートーヴェン(Roll Over Beethoven)」

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Comments

そういう文脈からすると、ベトナム戦争を反対してFBIと何かあったと思われても仕方ないだろう。

ジョン・レノンファイル
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=83054&servcode=100&sectcode=120

米連邦捜査局、ジョン・レノンの「機密情報」を開示
http://www.cnn.co.jp/showbiz/CNN200612210023.html

Posted by: katute | 2006.12.26 at 12:43 PM

googleMaps登場以降に「戦争地図」を作成してるとも聞かない。
やっぱ、ネット世界は善意で出来てるのではなく、たっぷりの無関心とちょっぴりの好奇心で出来てるんじゃなかろうか、と思う。

Posted by: katute | 2007.01.04 at 10:29 AM

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