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2007.01.13

朝鮮には日本財閥の秘密の財宝が

朝鮮には日本財閥の秘密の財宝があると聞いてきたし、だから日本は北朝鮮に興味が尽きない利権を感じてる、とも。

書評は、数ヶ所文字化けしてますが前後から判読できるでしょう。
この本が日本語化されたら凄いことでしょうね。

via>  ブナ林  2007年1月8日

以下引用---------------

●アラビア・ニュース  齊藤力二朗arabianews@yahoogroups.jp
★★、「全文の再転載禁止。記事見出しとURLのみは可」★★

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シーグレーブ夫妻による本、「ゴールド・ウオリアー」について、碩学ジョンソンが書評したものです。とんでもない大嘘であったなら、まさかジョンソンがとりあげるはずもなかろうと思うのです。生命の危険があるので、著者夫妻本人はアメリカから逃れヨーロッパで暮らしています。
日本がアジア各地から略奪し、フィリピンに隠した財宝が、戦後、アメリカの手に入り、アメリカによる各国の右派傀儡政権操作に使われたという本です。
生命になにかがおきたら、手持ちデータが一斉にインターネットに流れ出るようにしていると本人は書いています。中国語にも翻訳されています。

★0107  太平洋戦争時の日本のアジア略奪 

2月に刊行予定 「アジア略奪」 チャルマーズ・ジョンソン著

Gold Warriors(黄金の戦士達): アメリカによる山下の黄金の秘密回収、スターリング・シーグレーブ、ペギー・シーグレーブ著、Verso刊、332ページ、17.00ポンド
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第二次世界大戦の枢軸侵略国、ドイツと日本の一体どちらが、犠牲になった人々に対してより残虐だったかを確定しようという試みは的外れなことかも知れない。ドイツは6百万人のユダヤ人と2千万人ロシア人を殺した。日本は3000万人ものフィリピン人、マレー人、ベトナム人、カンボジア人、インドネシア人とビルマ人を虐殺したが、そのうち少なくとも2300万人は中国系だ。どちらの国も征服した諸国を画期的な規模で略奪したが、日本の方がナチスよりも長期間収奪を続けた。いずれの征服者も何百万人もの人々を隷属させ、強制労働者として搾取し、日本の場合は前線部隊の従軍慰安婦として酷使した。イギリス、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドやカナダ(ただしロシアを除く)国籍で、ナチスの戦争捕虜となった場合、戦争を生き残れない確率は4パーセントだった。日本に捕らわれた連合軍戦争捕虜では、死亡率はほぼ30パーセントだった。

二つの国家の本当の違いは、しかしながら1945年以降の年月の間に広がった。ホロコーストの生存者と犠牲者の肉親達は、ほぼ60年間、ドイツ企業から奴隷労働に対する補償を勝ちとり、彼らの家や事務所から盗まれた芸術作品を取り戻すために働いてきた。多くのナチス略奪品を隠蔽したスイス銀行に対する訴訟は継続している。つい最近2001年7月、オーストリア政府は、およそ5億ドルの基金から、10万人以上の元奴隷労働者に対して、およそ3億ドルの支払いを開始した。ドイツ政府は以前から、自らが略奪した諸国と相互に尊重しあう関係を再建するために、賠償に対する真面目な対応が必要であると認めている。ドイツ政府は、補償と賠償としてこれまで450億ドル以上支払っている 。一方、日本は犠牲者に対してわずか30億ドル支払ったに過ぎない
が、自国民に対しては戦争による損失の補償として約4000億ドル支払っている。

こうした差異の理由の一つは、ナチスの犠牲者は、アメリカとイギリスにおいて政治的に影響力をもっているので、自国政府にドイツに対して圧力をかけるように強いることができたのに対して、一方日本による犠牲者は戦後期の大半が革命、半植民地運動や内戦によってずたずたになった諸国に暮らしている。中国系アメリカ人の活動家が現れるとともに、これも変化し始めた。アイリス・チャンの「ザ・レイプ・オブ南京」(1997)、日本の支配者階級がしでかした、あらゆる暴虐についての本の成功は、こうしたグループが登場する先駆けとなった。

しかしながら、より重要なのは二つの国に対するアメリカ政府の政策の違いだ。ドイツが敗北した瞬間から、アメリカ合衆国は、戦犯逮捕、ドイツ社会の非ナチ化に熱心で、ナチス政権の文書を収集し保管し、これまでに全てが既に公開されている。それとは対照的に、日本敗北の瞬間から、アメリカ政府は、天皇と彼の姻戚をいかなる戦争責任からも免除しようとしていた。1948年迄には、アメリカは戦時の支配階級を再び権力につけようと狙っていた(例えば、日本の戦時の軍需大臣だった岸信介が、1957年から1960年首相となった)。アメリカは、アメリカの情報公開法に違反して、戦後日本にまつわる多くの公文書を高度の機密扱いのままにしている。

トルーマン大統領の日本特使で、占領を終わらせる役割を負っていたジョン・フォスター・ダレスが、日本による大半の元戦争捕虜と民間人犠牲者が、自分たちの奴隷労働で儲けた日本政府や日本の私企業から、いかなる形の補償も得ることを妨げるような形の1951年の平和条約を書いたということが特に重要だ。彼はこれを全くの秘密の内に行い、自分の草稿を受け入れるよう他の連合国に強いた(署名しなかった中国とロシアを除いて)。サンフランシスコで1951年9月8日に署名された条約の第14条(b)はこう規定している。「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する」。つい先の2001年9月25日、アメリカの三人の元日本大使、元下院議長トーマス・フォーリー、ブルッキングス研究所所長マイケル・アマコストと、カーターの副大統領ウオルター・モンデールの三人は、アメリカの元奴隷労働者が平和条約を克服するのを進んで助けようと考えている議会を非難する共同��書簡をワシントン・ポストに対して書き送った。

日本を保護し許すようなこうした態度が、一体なぜ続いたのだろう? 戦後ドイツと日本に対し、なぜアメリカはこれほど異なる政策を推し進めたのだろう? なぜそのような平和条約が書かれた
のだろう?日本は貧しすぎて支払えなかったのだとか、戦後日本が「共産化」するのを防ぐためにこうした政策が必要だったとか、あるいは、天皇と日本人は、占領軍がその全員を責任ある地位から抹殺した、狂った軍国主義者の徒党によって戦争へと欺き導かれたのだ、等々、様々な理由が過去に挙げられてきた。シーグレーブ夫妻の著書がもたらす説明は、そうしたものより遙かに不気味だ。本書は、アメリカ合衆国が、日本の略奪品が一体どれほどのものかを発見して以来、その略奪品に対して行ったこと、本来の所有者達はそれに対してほとんど影響力を持てなかったことを描いている。

戦争が終わるやいなや、アメリカ軍は日本の戦利財宝の途方もない貯蔵品を発見しはじめた 。占領担当のマッカーサー将軍は、黄金、銀、宝石、外国の切手、彫
刻された延金や...日本では法定ではない通貨の膨大な蓄えの発見について報告した。マッカーサーの部下は、戦争中は中国で活動し、アヘンを売り、日本向けのタングステン、チタンやプラチナといった工業用金属の収集と出荷を監督していた裏社会のボス、児玉誉士夫を逮捕した。20世紀前半の間中日本は、最初は朝鮮の植民地において、次に日本が1931年に占領した満州において、アジア最大のアヘン生産者であった。児玉は占領された中国で、金貨、宝石と骨董品と引き替えにヘロインと酒を提供していたが、日本人は金を溶解してインゴットにしていた。

児玉は日本の降伏後、恐ろしく豊かになって帰国した。監獄に入る前に、彼は自分の戦利品の一部を、保守派政治家鳩山一郎と河野一郎に引き渡し、彼らはその収益を、新たに作った自由党、つまり1949年以来ほとんど断絶することなしに日本を支配している自由民主党の前身のための資金として利用した。児玉は監獄から解放されると、1949年からCIAの為に働き、後にロッキード航空機会社の日本における主代理人となり、ロッキードF-104戦闘機とL-1011エアバスを購入するよう政治家に賄賂を贈り、恐喝した。盗んで得た富と、裏社会とのつながりと、軍国主義支持者としての経歴から、児玉は日本における親米一党支配のゴッドファーザーの一人となった。

戦争成金になったのは彼一人だけではない。更に論議を呼ぶシーグレーブ夫妻の主張の一つは、アジアの略奪は皇族の監督のもとでおこなわれたというものだ。これは、天皇は平和主義者で、単に名目上の戦争立会人に過ぎないという、アメリカが作った虚構と矛盾する。1937年7月7日以後の日本の本格的中国侵略で、天皇裕仁は、兄弟の一人秩父宮を、密輸品が必ずきちんと計上され、陸軍将校や児玉のような他のインサイダーが、私腹を肥やす為に流用されないようにする機能を持つ「金の百合」という秘密組織の長に任命したと、シーグレーブ夫妻は説得力を持って主張している。帝国の親王を担当者にすることで、誰もが、最高位の司令官でさえもが、命令に従うことが担保され、天皇は個人的に計り知れないほど豊かになるだろう。

天皇は、更にいとこの竹田宮恒久王を、満州の関東軍の幕僚につけ、後には自分の個人的な連絡将校として、サイゴン司令部の寺内寿一総司令官につけ、略奪を監督させて、捕獲物が寺内の支配下にある地域から日本に必ず船積みされるようにしていた。サイゴン駐在を任命されながら、竹田宮はもっぱらフィリピンで秩父宮の副司令官として勤務した。裕仁は叔父の朝香宮鳩彦王を上海派遣軍司令官に命じ、朝香宮はその職務として1937年12月2日から6日の間中国の首都南京への突入を命じ、「全ての捕虜を殺せ」という命令を出したとされている。日本は蒋介石の金庫と中国国民党指導者達の自宅や事務所から、およそ6000トンの黄金を奪った。三人の親王は全員陸軍大学の卒業生で三人とも戦争を生き延びた。秩父宮は1953年に結核で亡くなったが、後の二人は極めて高齢になるまで生きた。

日本が1941-42年冬から春にかけ、フィリピンとインドネシアを含む全東南アジアを占領して以来、「金の百合」の作業は何倍もの規模となった。それぞれの植民地におけるオランダ、イギリス、フランスとアメリカの通貨資産に加えて、「金の百合」の工作員達は、見つけ出すことができた華僑住民の多大な富を持ち逃げし、寺の金箔を引き剥がし、金無垢の仏陀をビルマから盗みだし、現地住民に対してアヘンを売り、多少でも宝石を持っている連中からはそれを集めた。金はマラヤのイポーにあった日本が経営する巨大な精錬所で溶解してインゴットに変え、純度と重さを刻印した。秩父宮と参謀は、略奪品全ての目録を作成し、それを通常日本行きの病院船を装った船に載せた。1944年遅くのごく僅かの期間まで、日本本土に最も近い朝鮮への陸路はなかった。

大量の黄金と宝石が、アメリカ潜水艦による攻撃の結果、失われた。1943年のはじめ頃迄には、日本はもはや連合軍の本土封鎖を潜水艦による以外は突破することができなくなった。秩父宮はそこで、本部をシンガポールからマニラに移動し、全ての積み荷をフィリピンの港に向かわせるよう命じた。彼とその参謀は、戦争は交渉による解決で終わるだろうと判断し、戦争を終わらせる代償として、フィリピンを日本に引き渡すよう、アメリカ人を説得することができるだろうと信じた(あるいは、想像した)。1942年から、秩父宮は戦争終結後まで宝物を隠すため、175の「帝国」保管場所建設を監督した。奴隷労働者と戦争捕虜がトンネルと洞窟を堀り、秘密にしておくために現場を封じる際に、多くは日本人将校や兵士とともに、常に生き埋めにされた。それぞれの隠し場所はには、罠が仕掛けられ、失われずに残ったわずかな「金の百合」の地図は、正確な場所や、深さ、通気孔(もしあれば)や、仕掛けの種類(例えば巨大な航空用爆弾、砂を入れたしかけ、毒ガス等)を隠蔽するため精巧に暗号化されていた。マニラ市内で「金の百合」は、元のアメリカ陸軍司令部(フォ��ート・マッキンリー、現在のフォート・ボニファシオ)内の、古いスペインのフォート・サンチャゴの地下牢や、城の下など、アメリカ人は爆撃すまいと日本人が適切にも考えたあらゆる場所に、宝物の洞窟を建設した。戦争が終わると、秩父宮と竹田宮は潜水艦によって日本に逃げ戻った。

フィリピン解放直後、アメリカの特殊工作員達が、隠された黄金の収蔵庫のいくつかを発見し始めた。主役はセベリノ・ガルシア・デイアス・サンタ・ロマーナ (更に他のいくつかの偽名も)と
いう名の、1901年か1907年ルソン生まれのフィリピン系アメリカ人で、1940年代中頃マッカーサーの諜報部長、ウイロビー准将のもとで働いていた。フィリピンにおける戦線背後の特殊部隊員として、彼はかつて日本船からの重い箱の荷下ろしや、それがトンネルに持ち込まれた、入り口がダイナマイトで封鎖されたことを目撃していた。彼は既に何が起きているかをうすうす感じていたのだ。戦後、サンタ・ロマーナは、マニラでCIAの前身OSSのエドワード・ランズデール大尉と一緒になった。ランズデールは後にアメリカで最も悪名高い冷戦の戦士となり、フィリピン政府と軍と、仏領インドシナを操った。彼は空軍准将の地位で退役した。

サンタ・ロマーナとランズデールはともに、フィリピンにおける日本最後の司令官、山下奉文将軍の運転手を拷問し、戦争末期に山下を載せていった場所を漏らすように強いた。アメリカ陸軍工兵隊から厳選された軍隊を用いて、この二人はマニラ北部の高所の渓谷にあるおよそ一ダースの「金の百合」秘匿場所を開けた。二人は黄金のインゴットが自分たちの身長より高く積まれているのを見つけて驚愕し、上司に報告した。ランズデールはマッカーサーとウイロビーに概要を知らせるべく東京に送られ、この二人は、更にランズデールにワシントンに行き、トルーマンの国家安全保障補佐官、クラーク・クリフォードに報告するよう命じた。その結果、戦争省大臣ヘンリー・スティムソンの参謀ロバート・アンダーソンが、ランズデールとともに東京に戻り、シーグレーブ夫妻によれば、それからマッカーサーと密かにフィリピンに飛び、そこで個人的にいくつかの洞窟を視察した。ルソンで発見されたものは、占領軍が日本で発見した隠された貴重品と合わせると、数十億ドルもの価値がある戦利品だと彼らは結論づけた。

ワシントンでは、最高レベルにおいて、おそらくはトルーマン大統領によって、これらの発見を秘密にしておき、金を様々な帳簿外の不正資金に注ぎ込み、CIAの秘密活動に資金を供給することが決められた。一つの理由は、金価格と、1944年にブレトン・ウッズで決定された、黄金にもとづく固定通貨為替制度を維持するためだったとされている。南アフリカのダイアモンド・カルテル同様、ワシントンの共謀者達は、万一これだけ大量の「新たな」金が世界市場に突然注ぎ込まれた場合に起きる事態を恐れたのだ。アジアを略奪する上での帝国皇室の役割が暴露されれば、天皇は平和な海洋生物学者だという、それまでに自分たちが入念にでっちあげた作り話をぶちこわしてしまうということにも彼らは気がついた。たとえ日本、あるいは少なくとも天皇が、連合軍の戦争捕虜に対して補償を支払う十分な資金を持っているにせよ、ワシントンが他にも色々欺瞞をしている以上、平和条約は日本の富が隠されたままでいるような形で書かれる必要があると、ワシントンは判断したのだ。従って条約は、アメリカ戦争捕虜の代表として、あらゆる補償要求を放棄した。サンタ・ロマーナ���足ランズデールの回収を秘密にしておくため、秩父宮が多くの秘匿場所を閉鎖するのに立ち会った山下も処分してしまうことをマッカーサーは決めた。戦犯の為のあわただしい間に合わせの軍法会議の後、山下は1946年2月23日絞首刑にされた。

ワシントンからの命令で、ランズデールはいくつかの「金の百合」金庫の回収を監督し、金の延べ棒の目録を作成し、スービック湾の米海軍基地か又はクラーク空軍基地の倉庫までトラックで運ばせた。シーグレーブ夫妻によると、スティムソン参謀の二人が、新たに作られたCIAの金融専門家とともに、サンタ・ロマーナどのようにして黄金を異なる42ヶ国の176の信頼できる銀行に預けるかを指示した。こうした預け入れは、本当の持ち主の正体を隠蔽しておくため、彼自身の名前あるいは彼の様々な偽名の一つを使って行われた。黄金がひとたび自分たちの金庫に入ると、銀行は、金そのものに裏付けされているため通貨以上に流通性の高い証明書を発行するのだった。この一見無尽蔵の資金源を用いて、CIAは日本、ギリシャ、イタリア、イギリスや世界中の他の多くの国の政治を動かすための裏金を築いた。例えば、いわゆる「M資金」(マッカーサーの将校団にいたウイリアム・マーカット少将にちなんで名付けられた)からの金は、朝鮮戦争が勃発した後、日本の国会自身がその目的に資金を割り当てることを拒否した為、日本初の再軍備(訳注:警察予備隊)をまかなう��ために使用された。長年にわたりこうした資金は様々な用途に用いられたが、中でも、選挙で選ばれたマナグアの政府を、ニカラグアの反革命主義者が攻撃するのを資金援助するために用いた話(レーガン大統領時代のイラン-コントラ・スキャンダル)について書くには、さらに別の本が必要になろう。事実上誰であれ、山下の黄金に由来する秘密のCIA贈賄資金に関与していると知られれてしまえば、彼らの経歴は破滅したろうと言うだけで十分だ。

サンタ・ロマーナは、彼の様々な企業の公式財務担当役員だったフィリピン女性タルシナナ・ロドリゲスと、彼の内縁の妻ルス・ランバノを主な相続人に指名する最後の自筆遺言を含むいくつかの遺言を残して1974年に亡くなった。二人は黄金の回収を開始した、結局、様々な銀行は彼の名義だったので、二人はあらゆる会計簿、秘密の暗号名、金額、支払われた利息の記録や、その存在を証明する他の公式文書を保管していたのだ。有名なサンフランシスコの弁護士メルヴィン・ベリを自分の代理人に使って、ランバノは実際に、当時ニューヨークのシティバンクCEOで、現在ニューヨーク株式市場の会長であるジョン・リードに対する訴訟を起こし、「不法な転換」のかどで訴えた。つまり、サンタ・ロマーナの黄金200億ドルを売却し、それを自分が使える儲けに変換したというのだ。シーグレーブ夫妻はランバノとリードの間で行われた風変わりな会談活写する、双方の側の弁護士集団、ニューヨークはシティバンクの役員室。リードはどうやら黄金をバハマ諸島のシティトラストに移すよう命じたようだ。

サンタ・ロマーナとランズデールは決してすべての金の百合サイトを発見したわけではない。過去長年にわたり、ルソンの目立たない場所で穴を掘る宝探しという零細な産業が発展したが、たいてい家族や恋人の遺骸を捜しているのだと主張する。ヌエヴァ・ヴィスカヤ州カガヤン渓谷バンバン村、つまり竹田宮がもっとも活動していた場所で、良くある光景は、普通のゴルフ・バッグではなく、高性能金属探知機を持った年配の日本人「観光客」の姿だ。フィリピンのこのあたりは新人民軍ゲリラの活動が活発で、観光客をひきつける名所は皆無だ。多くの現地フィリピン人は、代金をもらって、騙されやすい訪問者にどこを捜すべきか教えて高飛びするプロの「ありか指南屋」商売に手を染めた。

1947年にサンタ・ロマーナが捜すのをやめてから20年後に、フェルディナンド・マルコスによって行われた、二度目の、しかも極めて暴力的な黄金探しが始まった。マルコスは少なくとも140億ドルの黄金を回収した。マニラ湾に沈没した日本の巡洋艦那智から60億ドル、マニラの南38マイル、リサール州の「テレサ2」として知られているトンネルから80億ドル。2001年、マルコスの一番下の娘イレーヌ・マルコス-アラネタが、スイスに132億ドルの口座を持っていると前法務長官のフランシスコ・チャベスが主張した時、フィリピン政界は動揺した。口座の存在は、彼女がスイス・ユニオン・バンクからデュッセルドルフのドイッチェ・バンクに移そうとした時に明らかになったのだ。個人的に少なくとも6箇所の秘匿場所の発掘を監督し、現地農民がたまたま何かの財宝見つけると、それを横取りするのに、いつも自分の刺客を使っていたマルコスが、亡命先のホノルルで1989年に亡くなった。1998年、ハワイ最高裁判所は、彼の財産に対し、14億ドルという驚くべき金額を、金無垢の仏陀を回収し、それをマルコスによって奪われ、抗議したかどぁ��嚢虧笋鮗�けたあるフィリピン人に支払うようにという下級審の判決を支持した。

マルコスの発見の鍵となったのは、自分の黄金を再精錬し、現代、国際的に要求される純度にして国際的に売買できるようにするためマルコスが雇ったネバダ出身の化学者、冶金学者で鉱山技師ロバート・カーティスの働きだった。カーティスは、竹田宮の元従者であったバンバン出身フィリピン人の若者が持っていた、かろうじて残された金の百合の地図を解読できる唯一の人物であることが分かった。シーグレーブ夫妻は、カーティスの活動を、彼がテレサ2で黄金を掘り当てた後、マルコス腹心の部下ヴェル将軍による殺人命令から、かろうじて逃れたことを含め、非常に詳しく記述している。

シーグレーブ夫妻の記述は包括的ではあるものの、歴史家として完全に信頼できるというわけではない。夫妻は、気味が悪い銀行家、政治家やCIA工作員の場面で、日本人やくざや軍出身アメリカ人端役の役割を度を過ごして誇張するきらいがある。二人はフィリピンは良く知っているが、日本についてはさほどあてにならず、日本語も読めない。本書には日本語学習二年目の学生でさえ簡単に訂正できそうな間違えが沢山ある。二人が再三Huziと呼んでいる船名の正しいローマ字綴りはFujiだ。日本海の重要な港は舞鶴であり、「まいさる」ではない。「たいりき」という日本語はない。これは大陸浪人を意味するものだ (「大陸の冒険者」又は「中国で詐欺
をはたらく連中」の意)。また著者の言う謎に包まれたLord Ichivara(イチヴァラ侯)は噴飯ものだ。戦後日本で「Lord=侯」と呼ばれた人物など一人もおらず、いちばらというのはあり得ない名前だ(石原に違いない)。

著者夫妻は信頼性の問題があるかも知れないと感じたようで、その為、調査の過程で収集した900メガバイト以上の書類、地図、写真データが入った二枚のCDを読者が購入できるようするという普通にない手段をとっている。このCDは著者のウエブサイトで購入できる(http://www.bowstring.net)。これは特に、元アメリカ司法長官補佐、ノーバート・シュレイに対するアメリカ政府の悪意に満ちたおとり捜査を暴露している点で非常に貴重だ。シュレイは、田中角栄元首相が収賄の罪に問われた後、M資金を隠す狙いから、日本政府の莫大な国債還付金残高確認証を押しつけられた、およそ60人の日本人の代理をしていた。政府はこれらの証書は偽造だと主張し続け(これは非合法な資金転換への違う形での関与だ)シュレイの人生は破滅させられた。断然として「Gold Warriors」は、「山下の黄金」スキャンダルに関して
入手しうる最良の案内書であり、著者は膨大な量の調査元資料を提供することで、読者に対して公平に振る舞っている。

シーグレーブ夫妻の「著者の言葉」の最後にはこうある。「何かおかしなことが起きた場合の予防策として、本書とすべての関連文書を数カ所でインターネットで公開する手はずになっている。私たちが殺害されたなら、読者は容易に「下手人」が誰かは想像できるだろう」。不幸にして、本書だけからでも、殺人容疑者リストは、少なくとも半ダースに及ぶ国の将校、スパイ、銀行家、政治家、弁護士、宝探し人や盗賊の軽く数千名にのぼる。シーグレーブ夫妻が末永くお幸せに暮らされることを願いたい。一方、日本によって東アジア諸国から盗まれたかなりの量の財宝はフィリピンに埋められたままだ。

チャルマーズ・ジョンソンは1967年から1972年までCIA国家評価室(現在の国家情報会議=NIC: National Intelligence Council)のコンサルタントを務めた。
Nemesis: The Last Days of the American Republicを二月に刊行予定。他に『アメリカ帝国への報復』『アメリカ帝国の悲劇』がある。

http://www.lrb.co.uk/v25/n22/john04_.html
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Gold Warriorsという本の書評。英語版のみならず、フランス語、韓国語などにも翻訳されている。日本では永久に刊行されまい。

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goose さんの労訳と寸評です。内容の信頼度、正確性を判断するだけの十分な知識は管理人には無いが、さまざまな角度からの検証が求められる。

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Comments

戦争中はどちらのサイドも少なからず犠牲は出るし軍資金も必要だろう。しかし、このようなとてつもなく誇張された完全悪の日本軍や天皇皇族の姿は滑稽でさえある。戦勝国側の罪や中国国民党 中国共産党 オランダやイギリス アメリカのやった事を一切がっさい全部、全員で口をそろえて日本人のせいにする。東京裁判と全く同じだ。

またアジアで何故か中国人だけを殺したという事にされているのもおかしいではないか。それは多分中国人のみがそう言い出したと解釈する方が自然。これによって衝撃的な隠された事実だなどと鵜呑みにすべきでない。
死人に口無しになった今、確たる証拠の提示もなく、ナチよりも酷い史上最悪の日本軍と言う話が原爆正当化のため必要なのだな。という事だけは はっきり読み取れる。

Posted by: | 2008.12.24 01:43 PM

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