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2007.02.28

カフカは、どうだ?

ブレイク・ウイルスが来た!!』の前例として思い出すのは『チベットのモーツァルト』だ。文化評論として日本では既に吉本隆明にテレビ評があり、ポジション的にも取り扱うアイコンもいったん世俗を離れて見せる必要が当時の無名に近かった中沢新一には必要だったのだろう。
さて『ブレイク・ウイルスが来た!!』。ここでは90年代カルチャーが社会背景とともに記録され、カウンターカルチャーのカタログをなしている。今では忘れ去られようとする社会に与えた影響とともに。
メディアの中で起きたことは今も起きていて、今も起きていることは当時もあったのだ。そう言う意味ではメディアにおける戦いの記録でもある。
(カフカは、どうだ?)
主にテレビを巡るひとびとの受容を描いている。当時の代表的な存在であるMTVチャンネルのLTVの番組。現在ではオーナー企業の、ヴァイアコムはどうよ?と言われるものの当時はウイルス界の雄だったのだ。米国でのこうしたCATVの役割を、日本で担ったのが昨今話題の2ちゃんねるだろう。ネットであるにもかかわらず「チャンネル」なんてアイコンを名乗るあたりの不遜さが、その素性を物語ってる。
メディア・アクティヴィストらの活動計画を見抜き、メディアと距離を取って接する態度は本人らにはクールであっても、上世代にはシラケて見えるし、また距離を取っていたのはメディアに対してだったのがやがて現実へも向けられてしまったようだ。

読了後に感想は変わるかも知れないが、半分ほど読んだところでは、そう思う。

「第三の目」が見るためには既にあったって記事だったろうか、それの逆を行く現象のように思えるのは、最近の駅ですれ違う通行人の仕草だ。移動遮蔽装置(ウォークマンの類)に慣らされ(?)周囲の空気を察知する能力を失いかけてる人たちには、目的地へ向かうベクトルは与えられてるようだが、進むべき方向に、その前方に何があるのかを見る能力または視野が欠けているようなのだ。相対的なイメージとしてナヴィなどに自身をマッピングしたとして、彼らは、その「第三の目」によってフィルタリングされた情景を見ているのではないだろうか。つまりこの場合の「第三の目」は見ないために働いているのではないだろうか。

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Comments

そんな小さな話ではありませんでした。
後半はもっと凄いことになってました。

これは「バラ十字団」なみのトンデモ本としてメディア・ウイルス化してアクティヴィストらに活動計画を促すべきマニュフェストとなる運命なのでしょうか?てサスペンスが展開する。
なるほど、真に受けると『ファイトクラブ』になるゼッてわけか。。。

Posted by: katute | 2007.03.01 at 06:09 PM

読後感想をコンパクトにまとめるなら、作品=コンテンツの流行をもっと意識的にデザインしようという提案。内容のどの部分がウケて流行るのか、流通経路の露出も合わせて影響を計画・構築してみては?という考現学的なパラダイム読本。(支配者にとって?)公序良俗への挑戦とも取れるのでトンデモ系として絶版されたか。

Posted by: katute | 2007.03.09 at 09:56 AM

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