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2007.04.13

モーリス・ラヴェル「前奏曲」

ラヴェルについて少し齧ったのは80年代の暮れにアンパンのためにヨンフンから依頼(?)されてBGMに変奏曲を書こうとマルグリット・ロンのまとめた評伝を読んだだけだ。そこには「ソナチネ」や「水の戯れ」への言及はあったが、他は特に記憶に残ることは言われなかったように思う、協奏曲でリストやショパンの効果を狙ったこと以外は。
そんなことさえ、ずっと忘れていたが、ラヴェル作品中で最も革新的な和声が展開される「前奏曲」を最近弾いていて改めて考える。

これはパリ音楽院の初見試奏用に書き下ろされたものなのでプロが弾くものではないと思われている。最も革新的な和声も、独特な技巧も、そのためのものではある。
そして、ラヴェルという文脈から浮かび上がる、それらを表現するには、明瞭なバックグラウンドを必要とするため、切り離されて存在できない、サブ・テキストを要求するものでもある。
そうした和声を味わうことで、ふと気になったのは、地中海文明との関連だ。ネットで日本語環境を調べてもヒットしないが、ラヴェルのメロディ・ラインは、そうした影響を受けているように思えてならない。
歌曲を聞くほど、その思いは増す(他の作品で使用された音形に驚きもするが)。
空間の広がりが違うというのは素朴に過ぎる根拠だが、内陸の響きとは思えない。

そうして「前奏曲」を何度か弾きながら、サンソン・フランソワの楽譜に忠実な音楽的頂点を築くDのffの難しさを知る。今の時代の音楽では、ここはppでも良いだろう箇所だ。事実フランソワ自身が「クープランの墓」では、そうした音楽的解釈を下してるのだが。ジャズから引き出されたコードの複雑な味わいの響きから引き算されて現われるこのDの姿が実に難しい。
こんなに易しげな見てくれにも、立ち上がる音楽は想像もできないほど意外であるのがラヴェルの目指すところでもあったようだ。その逆に、複雑な音も楽譜には簡潔に記すことも。実際ラヴェルの楽譜は見た目にも美しい。

こうした複雑な感想を抱くのは休日の数時間をピアノに向かう自分の演奏技術が完全我流で無知にも係わらず、耳が求めるものを、それを遥かに見下したところで解釈してるからなのだろう。
それで時々は思う、存分にピアノに向かう時間があったらどうするだろう? 世界の文豪たちのように晴れた日中には田を耕し夜はベートーヴェンを弾きながら作品執筆に励むだろうか、と。

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