« メモ | Main | だまされたとは思いたくないが、乗せられたのか »

2007.06.24

『越境の時』メモ

これは後書きにあるように、「日本のジュネ」を時代背景とともに現代に書き残せ、とした上野千鶴子の企みに乗った訳だ。
タイトルが示すように文学の、実存哲学的な回想だろう。
前半はそれで良い。
不足もあろうが、書籍体裁の範囲から限界だ。

それにしても後半、フランツ・ファーノンの訳者である著者が「権力者の言葉」を理解できず支援活動に身が入らなかったとは?どういうことだろうか。アフリカ系の作家たちを読めば容易に理解できるはずだ。
これが理解できなければ「民族責任」としての「越境」する主体はありえない。
何かの間違いか、反復を避けるための方便ではないか。




"越境の時―一九六〇年代と在日" (鈴木 道彦)

|

« メモ | Main | だまされたとは思いたくないが、乗せられたのか »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/12774/15561329

Listed below are links to weblogs that reference 『越境の時』メモ:

« メモ | Main | だまされたとは思いたくないが、乗せられたのか »