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2007.07.29

CD試聴記

JOHN ADAMS:CENTURY ROLLS
表題曲は実質ピアノ協奏曲でラヴェルのそれを思わせ、より現代的に表現した感を得る。「世紀は巡る」もしくは「世紀の(傑作)曲)」という意味か。
LOLLAPALOOZA はヒンデミット「ウェーバーの主題による変容」を、 SLONIMSKY'S EARBOX はストラヴィンスキー三大バレエを現代的にアップデイトしたものか。


hao-fu zhang : qin-xiao
張豪夫 作品集:ダネル四重奏団ほか
師であったエジソン・デニソフの訃報に接した驚きが沈潜してゆく様から弦楽四重奏曲第二番は始まる。ゆっくりと曲想が重ねられて行き全体のカンバスが塗り上げられて行く。
第三番は中国の忘れられようとする地方での採譜素材を作曲ならではの技法と思想精神で磨き上げる。
「私にとって、作曲とはある種の祈りのようなものである。毎朝机に向かうとき、私は私自身の心の中にある巨大な十字と向き合うのだ。この十字の横棒は西洋と東洋の文化を、縦棒は過去と現在の文化をあらわしている。私にとって“神”とは全人類の文化であり、私にとって祈りとは敬愛する我が師たちとの精神上の対話にほかならない。(…)新しい作品を書き始めたり。あるいは書き終えたりした時、私はそうした“全人類の文化”における偉大な師(巨匠)たちとの対話の時間を持つ。彼らは最初に、私は彼らとは異質の存在であることを思い知らせ、芸術の聖杯への道程がある
ことを私に教え、私なりの道筋を自分自身で見出だすように、と励ましてくれる。そして作品が完成すると、今度は彼らが私の作品をじっくりと検分するのである。こうして無限の対話を繰り返しながら、私は自分自身に何が欠落しているのか考え、自らの至らぬ点に思いをはせて、次へと進む糧にしている−−−この祈りによってこそ、私は芸術的・精神的に高次の世界へと邁進することができるのだ。ぞう、私の音楽創作にとって、こうした一連の所作はみなきわめて重要なのである。」(白沢達生訳ライナーノートより)
そうした思想を表現した、クラリネットと弦楽四重奏のための「琴−簫」の幽玄とも言える音世界。
古代中国の黄帝の命を帯びた音楽学者が不死鳥に学んだ音楽の律(法)を持ち帰り完成させたという。

チャン・ハオフーのこのような思想表現も、しかしながら演奏においては満足な姿を得られてはいないのではないか。
身振りの緩慢さや感情の起伏を削ぐ控えめな音量。
かつてショスタコヴィッチに低血圧を思い、北欧の作曲家に身振りが小さく見えないと感じたように、慣れれば、違和感なくその世界を堪能できるのあろうか。

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