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2007.08.19

司馬遼太郎

自分はこの作家の本をこれまで読んだことがなかった。おそらくこれからもそうだろう。

「明治」という国家
ブックオフで買ったものを今更いうのも気が引けるが、この人の不愉快なくらいエラそうな言説を我慢しながら読んでも、タイトルには到達しない。
むしろ国家の設計図を描くことなく廃藩置県の革命を遂行したことへの賛辞と読むべきか。
追い込まれた体勢としての江戸がトコロテンのように押し込まれるのが明治だったようだ。
テレビ講座のテキストだったので人物評が繰り返され容易に話が前進しない。その間に作家自身の攘夷思想が吐露される。西欧人へは、媚へつらうように「意見を申したい」などと言い、中国や朝鮮へはその国是としての思想=朱子学が井の中の蛙だったと蔑む。
それこそが攘夷だと言いながら。
こうした矛盾した論述を進めながら、あとがきで、担当編集者に催促されたのだと告白する。
オンエア時は『太郎の国の物語』。これでなら特に問題はなかったろう。むかしむかし、こういうことがありました、で済む。
しかし『「明治」という国家』となると、ここには明治自身が記述されてないのだから、江戸が空疎な明治へとなだれ込む姿の言い訳でしかない。
こうした気分が、現代日本がやり残した宿題なのかも知れない、とは思わせる。
>書名を直しておいた。それと、続編があるようだな、『「昭和」という国家』

富士ゼロックス発行「GRAPHICATION」No.151 特集「非文字の教育考」の対談「『補文字の教育』を考える」を反証として面白く読んだ。
またJMM No.439 『from 911/USAレポート』第315回「成熟社会の都市と地方(日米の逆転現象)」で冷泉彰彦が指摘する大きな政府と小さな政府も。

司馬という人は自分が見たいものしか見てなかったのだろう、文献以外の空想を人物に台詞で語らせてるのも歴史検証として物語るには独善的に映る。まぁご都合主義的だよな。
>だから、(創作として)面白いんであって、歴史として読んでるのはアホだよ。エッセイは読んだ事無いけど。

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