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2007.08.03

ブルックナー3番

これと8番は大好きな曲だ。ウォークマンがカセットテープだった頃に4番と両面に入れて1年くらい通勤や宿直で聞き続けた。4番はワルター、ほかはセルだ。

スペインのラファエル・フリューベック・デ・ブルゴスがバトンを振ったドレスデン・フィルの録音が新古であったので何だか半信半疑でチョイス。
ゆとりのあるテンポで始まる。セルの舞台音楽のような、出来事が初めて起こるような身振りはないが、閑かな歌であることに間違いはない。
有名なワグナー主題はもちろん弱音器付きなのでかまわないけれど、全体に金管がマイルド過ぎないか心配だ。
草いきれのする弦の第三主題が爽やかなのは、むしろ微笑ましいが。
ブルクナーは旧作を改訂しながら新作を書き、新作を書きながら旧作を改訂したので、自身の人生の成長とは掛け離れた筆致が残された。それをワルターは『主題と変奏』と名付けた自伝の回想記で、作者と同じ年齢に達して初めて理解できたと書いていた。じつはワルター自伝の主題は何かと思っていたのだが、今の所、少年時代の同年齢世代との背伸びをしながら成長する過程を恵まれなかったことと思っている。なのでブルックナー作品への理解も、ブラームスが交響曲ではない、音楽ではないと批判的だったことより(ワルターはブラームスも個性的な作品に仕立ててるが)、並ぶ
べきものがないという地平での理解と思っている。

ブルックナーの3番の交響曲というのは、マーラーが改訂をそそのかし、中途に終わったため清書屋への支払いだけがパトロンに残されたという経緯があり、マーラー自身がピアノ譜を起こしている。
マーラーを引き付けたのは間違いなく、音楽の生き生きとした描写力ではないだろうか、全体を覆う呼吸のような。それが尽きせぬ高揚をもたらすのだ。

デ・ブルゴスの呼吸は若者のそれではない。まして音楽の求める高揚感とは肉体的なものではなく、精神的な暗示ではないかと思う。
指揮者自身が作品と対峙して作品を演じ切ったとは受け留めにくい、出会えるべき解垢がなかったような。
ブルックナーを振るのに年を取り過ぎたのかも知れない。

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