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2007.08.04

訳者あとがき(『国のない男』)

 訳者あとがき(『国のない男』)

 二十世紀後半のアメリカを代表する作家カート・ヴォネガットの遺作!
 となれば、あとがきも、それ相応に、ヴォネガットの文学的意味であるとか、ヴォネガットの作品の歴史的価値であるとか、ヴォネガットの作品世界の斬新さであるとか、あるいは往年の読者としての訳者の思い入れであるとか、そういったところから始めるのが妥当かもしれない。が、その手のありきたりで権威的な紹介を、ヴォネガットが喜ぶはずがない。
 というわけで、『ハイスクール・USA』(長谷川町蔵・山崎まどか)という、アメリカ学園映画の紹介本の引用から始めようと思う。

 思春期とイノセンスの喪失について描いた、アメリカ文学者といえばサリンジャー……なのだが、学園映画ではサリンジャーよりも圧倒的に、カート・ヴォネガット、『ライ麦畑』より『スローターハウス5』への支持が強い。
 『バーシティ・ブルース』でジェームズ・ヴァン・ピークが控えのベンチで読んでるのは『スローターハウス5』(中略)『待ちきれなくて』ではラスト、イーサン・エンブリーは大学でヴォネガットの講座を受けるために(中略)『バック・トゥ・スクール』に至っては(中略)ヴォネガットその人が登場するのである!

 これを読んで、なるほどなと思った。アメリカの高校生にとっては、やっぱり、ヴォネガットのほうがずっとおもしろいのだ。あのユニークな発想とスラプスティックな展開の作品にこめられた強烈なアイロニー、そしてその影に隠された温かいユーモア。人間への愛と憎悪の葛藤が、(「ピタゴラ装置」にも似た)ヴォネガット装置を通って現れた作品の数々は、若い感性にとって常に新鮮なのだ。
 そんなヴォネガットの晩年のエッセイを集めたのがこれ。まさにヴォネガット。どこを切っても、どこを取っても、どこを読んでも、ヴォネガット。
100%、ヴォネガットだ。
 下手な紹介は無用。映画の予告編風に、抜粋でもってその魅力を伝えるとしよう。
 たとえば、こんな感じ。まずは徹底的なアメリカ批判。

いま、この地球上で最も大きな権力を持っているのは、ブッシュ@陰毛@、ディック@男根@(ディック・チェイニー)、コロン@尻@(コリン・パウェル)の三人だ。何がいやだといって、こんな世界で生きることほどいやなことはない。

アメリカが人間的で理性的になる可能性はまったくない。なぜなら、権力がわれわれを堕落させているからだ。そして絶対的な権力が絶対的にわれわれを堕落させているからだ。人間というのは、権力という酒で狂ってしまったチンパンジーなのだ。

 アメリカにおいて最も許し難い反逆は、「アメリカ人は愛されていない」という言葉を口にすることだ。アメリカ人がどこにいようと、そこで何をしていようと、それをいってはいけない。

うちの大統領はクリスチャンだって? アドルフ・ヒトラーもそうだった。

 そして、現代文明批判。

「進化」なんてくそくらえ、というのがわたしの意見だ。人間というのは、何かの間違いなのだ。われわれは、このすばらしい銀河系で唯一の生命あふれる惑星をぼろぼろにしてしまった。

じつは、だれも認めようとしないが、われわれは全員、化石燃料中毒なのだ。
そして、ドラッグを絶たれる寸前の中毒患者と同じように、現在、われわれの指導者たちは暴力的犯罪を犯している。それはわれわれが頼っている、なけなしのドラッグを手に入れるためなのだ。

 それから独特の文学観、芸術観、そして人間観。

偉大な文学作品はすべて──『モウビィ・ディック』『ハックルベリ・フィン』『武器よさらば』『緋文字』『赤い武勲章』『イリアス』『オデュッセイア』『罪と罰』『聖書』「軽騎兵旅団の突撃の詩 」(アルフレッド・テニスン)──人間であるということが、いかに愚かなことであるかについて書かれている。(だれかにそういってもらうと、心からほっとするはずだ)

 わたしがいいたかったのは、シェイクスピアは物語作りの下手さ加減に関しては、アラパホ族とたいして変わらないということだ。
 それでもわれわれが『ハムレット』を傑作と考えるのにはひとつの理由がある。それは、シェイクスピアが真実を語っているということだ。

 そしてまた、音楽への愛。

 外国人がわれわれを愛してくれているのはジャズのおかげだ。外国人がわれわれを憎むのは、われわれがいわゆる自由と正義を大切にしているからではない。われわれが憎まれているのは、われわれの傲慢さゆえなのだ。

 政府や企業やメディアや、宗教団体や慈善団体などが、どれほど堕落し、貪欲で、残酷なものになろうと、音楽はいつも素晴らしい。
 もしわたしが死んだら、墓碑銘はこう刻んでほしい。
「彼にとって、神が存在することの証明は音楽ひとつで十分であった。」

 ここにあげた抜粋、これだけで十分に、いや十二分にこの本の魅力と危険性は伝わると思う。少しでも心に触れるところのあった人は、ぜひ、じっくり本文を読んでほしい。
 ヴォネガットが死んだとき、ヴォネガットのファンや、ヴォネガットに読みふけったことのある人たちは、「ひとつの時代が終わった」と感じたかもしれない。しかし、そうではない。今こそ、あらためてヴォネガットが読まれるべき時なのではないだろうか。
 だから、とくに若い人々にヴォネガットを読んでほしいと思う。このエッセイ集だけでなく、ほかの多くの作品も。

 最後になりましたが、この本の翻訳を勧めてくださって、さらに訳文についてていねいなアドバイスをしてくださった編集者の松島倫明さん、原文とのつきあわせをしてくださった西田佳子さん、野沢佳織さん、作者に代わっていろいろな質問に答えてくださったジョージ・ハンさんに心からの感謝を!

 そうだ、最後の最後に、'God Bless you, Mr. Kurt Vonnegut!'

二〇〇七年六月二十四日
金原 瑞人

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【児童文学評論】 No.115
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Posted by: katute | 2007.08.24 at 04:28 PM

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Tracked on 2007.08.15 at 07:59 AM

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