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2007.10.08

最近聞いたNAXOSの4枚

Laurent PETITGIRARD : Les Douze Gardiens du Temple
実際これ上演できるの?と思えるほどやたらに場面転換する戯曲「エレファントマン」をオペラ化してるのでお手並み拝見。
映画音楽も書いてるらしいけど、観た覚えがなく、演奏では自作自演なのでもっと音色に気を使ってほしい。その辺りは大雑把に雰囲気で良しと思ってるのか。
いかがわしいタイトルで音楽を書く面白い人なのだろうか。音楽の歩みは悪くない。

ロバート・クラフト・コレクション/ストラヴィンスキー作品集 第6集
こうして聞いてみると、ストラヴィンスキーの宗教音楽はエストニアの現代作曲家たちの基礎のような音をしてる。偽古典主義ながら、ロマン派ではない表現とか。
演奏者の癖か、ストラヴィンスキーらしくない気がするものの、声楽のイントネーションが面白い(音楽解釈であって、訛ってる訳じゃなく)。

Bo LINDE ヴァイオリン協奏曲、チェロ協奏曲
協奏曲として聞いてると意表を突かれる。例えばヴァイオリン協奏曲の独奏楽器の立ち上がりの見事さに聞き惚れてると、バルトークのヴィオラ協奏曲のような展開をして締め括られ、見事だったな、と感心してると第二楽章が始まる。いや内容的には第二部。
なかなかに見せ所が満載だが、協奏曲というよりラプソディと感じる。
各セクション間の連結や切断が結果として楽章になってるので、明確なフォルムとは言いがたい。チェロ協奏曲も同じく。
いや、それにしても録音当時ヴァイオリニストが22歳だったとは俄かに信じられないほど、思い切りの好い演奏をしてる。凄い!

Wojciech KILAR:ピアノ協奏曲ほか
70年代末の声楽を伴うオーケストラ作品とピアノ協奏曲。
ポーランドとカソリックを切り離して考えられない内容のアルバムに仕上がってるようだ。
70年代末の政治の季節をもろに閉じこめたような印象。少ない音は読経の声のようでもあり、そのくせ、ゆっくりとした盛り上がりは暴力的にさえ発展する。それが宗教的な救済を迎えるのが不思議。とはいえ政治が直截に語られる訳じゃないが。
う〜む、だから映画「ドラキュラ」(コッポラ監督)なんて音楽も書くのだろうか。
むろん、ここでの白眉はピアノ協奏曲(97)。どこまでも変化を拒む第一楽章が始まると、聞いている自分は、はるかな記憶の中の何も知らなかった頃の思い出を探しはじめる。私にそんな頃があったろうか?
ミニマル・ミュージック?
そしてヨーロッパ平野の音がするとても素朴な宗教的コラール。いまや70年代が過ぎて、平穏さが伺え、実に誇らしい響き。
グレツキにあいさつを送るようなトッカータは本歌取りのつもりだろうか(ここでボレロや伊福部を思い浮べるのは容易だ、そして粋狂な踊りの締め括り)。
三つの楽章は、それぞれに次の楽章を先取りするようにアタッカで演奏される。

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