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2007.12.09

バスク地方の作曲家

細かなことは聞いて確かめる以外にので書けない。どうでも好いことのメモ。

FRANCISCO ESCUDERO
NAXOSに「葬送のオラトリオ」というのがあって、そういう時のための機会音楽かと思ったらそういうテキストに作譜したらしい。音楽としては、どうもピンと来なかった。
それで期待せずCLAVESを聞いた。ピアノ協奏曲は明らかにラヴェルの「左手」にヒントを得てる。でもチェロ協奏曲も、どうなんだかなぁイマイチな感じだった。ところが「聖なる交響曲」で、やられた。なるほどね。これは今でこそ演奏されるべき作風。古典的な保守姿勢に異義を称えるという意味での前衛を体現してる。合唱のみのオラトリオ JOAN BAUTISTA も。この路線作品を聞きたい。
だから現代物の指揮者ARTURO TAMAYOだった訳だ。
振り返って、先のオラトリオを聞き直すと、なるほど同じ作風だけど、例えば冒頭の小太鼓のトレモロの数が違うとか小さなことが気になりだす。

JESUS GURIDI
ピレネー交響曲、悪くないのに何だか詰め込み過ぎな印象が残る。この人はなかなか演奏にめぐなれないと思う。
オルガン全集Vol.1 がこともなく終わってしまうのが残念。オルガンならではの妖しい世界を期待しすぎかも知れない。コンプレッサー? 物凄くうるさい箇所がある。
ピアノ曲集では品が良いヴィラ=ロボスな音の組み立てに驚いた。形式感のせいか音の癖がよく似てる割りにエライ違いだ。

Padre Jose Antonio DONOSTIA
ピアノ曲集の「バスクの前奏曲」は甘過ぎないか心配だったけど、行間を読む丁寧さと思うべきなんだろう。歴史的な堆積を十分感じ取って味わうことができれば苦さも解る作りのようだ。
ミサ曲なんて水ほどにも抵抗なく聞き流してしまった。思えばまるで教会臭さがなかったのが驚きだった。そういうことか。

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