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2007.12.26

読了『ポアンカレ予想を解いた数学者』


"ポアンカレ予想を解いた数学者" (ドナル・オシア)

2003年4月のケンブリッジでのペレルマンの講演で幕を開ける、この本は、ペレルマンに興味本位の焦点を当てたものではなく、ポアンカレ予想がこの宇宙の形を求めるためのものという原点から、ほぼ数式を使わずに説明するという王道を示す。
<途中までの感想>これは素晴らしい。ユークリッドの第5公準をベースに、120ページくらいでリーマンまでやってきた。数学史、科学史の概観として、素晴らしい。新たな書き手の登場だ。
ユークリッドの原論が定規とコンパスの操作マニュアルであった可能性や、コロンブスの時代には既に地球は球形と分かっていたとか、ヒュパティアの惨殺事件等、歴史的な事実の掘り起こしもウマい。
ガウス、リーマン、ポアンカレの主役たち、ボヤイ親子、彼らの業績を辿り、幾何学が何を見いだしたかを示す事に重点が置かれている。
リーマンを讃えるに、次のイェイツの詩をもってするとは
変わった、すっかり変わった
あるすさまじい美が生まれた

<読了>感想は変わらない。素晴らしい。ポアンカレ予想そのものがメインではなく、数学者が属す社会も含めて、人類が見いだした頂点を示す事が目的の本。
ポアンカレ予想そのものの説明は、多分、最近出た、『"ポアンカレ予想―世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者" (ジョージ G.スピーロ)』が良いような気がする(こっちも近いうちに読むつもり)。

以下は、メモ。

目次
まえがき
第1章 二〇〇三年四月、ケンブリッジ
第2章 地球の形
第3章 あり得る世界の形
第4章 宇宙の形
第5章 ユークリッドの幾何学
第6章 非ユークリッド幾何学
第7章 リーマンの教授資格取得講演
第8章 リーマンの遺産
第9章 クラインとポアンカレ
第10章 ポアンカレの位相幾何学の論文
第11章 ポアンカレの遺産
第12章 ポアンカレ予想が根づくまで
第13章 高次元での解決
第14章 新ミレニアムを飾る証明
第15章 二〇〇六年八月、マドリード

謝辞
ペレルマン氏をめぐるその後
訳者あとがき
年表
原注
用語解説
人名解説
参考資料
さらに詳しく知るために
図のクレジット
索引

Amazonの内容紹介
新聞一般紙でも取り上げられる、ポアンカレ予想の解決についての数学読み物です。ポアンカレ予想は、位相幾何学で「単連結な3次元閉多様体は3次元球面に同相」というもので、2000年のクレイ研究所の100万ドル懸賞問題にもなっており、これに対してロシアの数学者グリゴリー・ペレルマンが、大筋の肯定的証明を与えました。リチャード・ハミルトンが考案したリッチ・フローという微分幾何の手法を使い、「曲率がわかれば位相がわかる」ことを実証しました。ポアンカレ予想の事実上の解決と認められ、2006年8月の国際数学者会議でペレルマンにフィールズ賞が贈られることになりました。本書では、ポアンカレ予想の解決はペレルマンひとりの業績ではなく、連綿と続く数学研究のなせる業であるという観点から、位相幾何学を歴史的側面から追いながら、平易な語り口でわかりやすく説明し、その流れでポアンカレ予想そのものと解決への旅程を解説しています。新聞一般紙にも報道されたような、ペレルマンが雲隠れしたとか、フィールズ賞を辞退したとか、クレイ研究所の100万ドル懸賞はどうなるかとかの話も盛り込まれ、下世話な話題にも事欠きません。

「ポアンカレ予想を生み出した数学の起源を古代バビロニアに求め、ユークリッドの『原論』が提起した平行線公準をめぐる議論に始まり、天才リーマンの出現、ポアンカレによる位相幾何学の創始、さまざまな数学者によるポアンカレ予想への証明への挑戦と、物語が進行する。」(訳者あとがき)

---- そうか?

この本は、ポアンカレ予想を軸に、新しい数学の誕生の物語を語っていて、さらに著者の歴史観のパースペクティブが真っ直ぐだから、だから、読後感が爽快なのだと思う。
社会の中での数学の位置を確かめるため、当時の社会状況を丁寧に紹介している。
そう、これが、大事な視点だ。例えば、サイモン・シン「フェルマーの最終定理」とは違う点が次のように書いてある。
15ページの「一般の人は、数学の業績と言えば、孤高の天才が果敢な挑戦の末、冷淡な宇宙から理解という果実をもぎ取るといった劇的な物語を想像しがちだ」「しかし、数学の進展は、...何千人もの人々や様々な研究機関、そして彼らが働き生活する社会にも依存している」
この件の後が本書のすべてを語り尽くしている。

2章の18ppのコロンブスの時代の人々の地球の形が球形と認識していた事、その大きさだけが未確認だった事、コロンブスは自分の測量の結果から自分の信念を捨てて洋梨型である可能性も認識していた(間違っていたが)のはスゴいと思う。
20ppからイオニアに遡って、ピュタゴラス、アレキサンダー大王の家庭教師アリストテレス、エラトステネス、と、科学は伝わり、16世紀にはメルカトルらが地図作成法を開発。
3、4章では地図を張り合わせて、地球の形を特定できるかという問題の提起、これ自体は多様体の定義なのだけれど、そこから説き始めて、コンパクトな3-多様体上のあらゆる閉ループを1点に縮められるなら3-球面と同相なのかという問いを立てる。
この問いが、すなわち、ポアンカレ予想。
5章、ユークリッド幾何学。厳密性の追求が、想像力の自由を保障する。その拮抗を原論に見る著者の語り口がウマい。形式的推論の規則を確立した文化に原論が登場したのだ。但し、限界がある、点の定義がない、とか。数学も文化的文脈の中で解釈されるものだから、過去のバビロニアの文脈を知らない状況で、過去の知識・発見を利用するために、ギリシャ人は証明を発明したという説もある。
ユークリッドの原論が定規とコンパスの操作マニュアルであった可能性にも触れている。
問題は、第5公準の複雑性。
6章では非ユークリッド幾何学として、第5公準を満たさない幾何の話。1700年代、啓蒙運動の高まりから科学が発展。ランベルトはオイラーの熱狂的支持を受けて世に出た。この人が球面上で三角形の内角の和が2直角より小さくなる事を知っていた。
18世紀の終り、ダランベール、ルジャンドルらの第5公準への疑い(同値な命題も皆複雑)。
98ppのガウス、ロバチェフスキー、ボヤイ。ガウスとボヤイの父は大学の同級。ガウスはボヤイ親子に冷たかった。ロバチェフスキーの大学の恩師は、ガウスの(小学校時代の)恩師でもある。
この3人は、第5公準の先を見ていた。が、この問題に関わるのは、数学者生命の危機だったらしい(失敗するから)。
ロバチェフスキーの論文をガウスは評価していた。
7章、リーマンの教授資格取得講演
ガウスの教え子、リーマンの、ガウスの理論をひっくり返すような、大胆な講演の説明。
当時のドイツの研究大学の勃興に章を割いて説明。
リーマンの多様体の定義。曲率の定義(ここでガウスを凌駕した)から始まって、幾何学と位相幾何学を根本から改革した。
8章リーマンの遺産は、以下の詩から始まる。
変わった、すっかり変わった
あるすさまじい美が生まれた
球面と測地線に始まり、リーマンの講演のあらましと巨大な影響。
たった40歳で没してしまったリーマン。
9章、クラインとポアンカレ。
エルランゲンプログラムのクラインはリーマンの直系を自負していたが、ポアンカレに(手紙の論戦でも、才能でも)負けた。
ポアンカレは抜きん出ていたようだ。他に考える事があるから博士論文の訂正を断る(しかもそれを指導教授が受け入れた)ような奴。フックス関数や数論でのひらめきの素晴らしさ(ポアンカレがエッセイにその場面の状況を書いている)。ポアンカレの円盤モデルで双曲平面をかけるようになった。
リーマン計量を持つ多様体は何らかのn次元ユークリッド空間に埋め込めれば、その計量が周囲のユークリッド空間から継承されたものと同じになるのか?ナッシュが、この『リーマン多様体の埋め込み問題』を解決。
ポアンカレはchaosも発見している。その解析のためにも位相幾何学の概念が必要。
ここから多様体を分類する不変量の探索に向かう。ホモロジー群とかベッチ数とか基本群とか。
ポアンカレの遺産。
(アインシュタインはポアンカレを誤解していたようだ)
(クラインの弟子)ヒルベルトによるゴルタン問題の解決のエピソード(『これは数学ではない、神学だ。』『無意味だ。』)。意外に神経質だが、硬派なヒルベルト。
不変式論。ポアンカレは喜んだようだ。
1912年、ポアンカレの死。
時代背景、一般相対論。
大戦間のポアンカレ予想の進展。
アメリカの数学の発展。
脇道だが、ソロモン・レフシェッツは面白い人物らしい。自己で両手を失って技術者を失業して数学者になった。
ロシア学派。コルモゴロフ。コホモロジー環。
ヒルベルトはナチの支持を拒否、ユダヤ人を排斥した結果、壊滅したドイツ数学を『ゲッティンゲン大学の数学ですって?そんなものはもうありませんよ』とナチ教育大臣に切り返した。
13章高次元での解決
4次元以上では、ミルナー(!!!)による解決。
微分位相幾何学の創始。しかも、たった6ページの論文で。
3次元での苦闘。パパキリアコプスによる独創的な塔構成法。『ペトロス叔父と「ゴールドバッハの予想」』のモデルだったのか。
1970年代のサーストンの登場。
3次元には幾何構造が8つしかない事を主張(2次元では3種類)。『幾何化予想』はどんな3次元多様体も分割された部分が上の8種類のどれかの幾何構造を持つと予想。これにはポアンカレ予想が含まれる。
ほとんどは成り立つ事も示した。
真打ちのハミルトンとリッチ・フロー
曲率が熱のように流れるものと見なすという発想。これが解決の決め手になった。リッチ・テンソル!懐かしい。が、これがポアンカレ予想を解く鍵だったとは。
ハミルトンは、曲率がゼロか負でない計量から操作を始めれば、リッチフローが一定の正の曲率の計量を生成する事を証明。このときに、ナッシュの逆関数定理を使った。また平面上の閉曲線を円にできる、事を証明。但し、3次元では特異点を持つ事も証明してしまった。その他のアルゴリズム。こちらで証明できる可能性もあるようだ。コンピュータの応用も出てきたが、50対0で数学者の負け。
270 2000年のクレイ研究所主催の国際会議。ミレニアム問題の提起。
274 2002年11月11日、www.arXiv.orgにペレルマンが論文を投稿。一連の論文で、ハミルトンのリッチフローについてのほとんどを証明した、その中には系として、幾何化予想、ポアンカレ予想も含むが、それ以上に、すべての次元で有効なリッチフローの新しい性質を見いだした事を明かした。主眼は、特異点ギリギリのところで解析を行うと、予想外の規則性があり、ある種の特異点が全く発生する可能性がない事を明かした。リーマンの姿を重ねている。
ペレルマンは、少年時代から天才少年だったし、ステクロフ研究所に所属、リーダーは、オリガ・ラディゼンスカヤ(その父親の粛正の様子は友人のソルジェニーツインが書き残している)。
その後、論文の解説を含めて、講演をして、世界中で解説のためのサイトが立ち上がったのは、新しい動きだ。ツァオ=チュウの論文は正しいが、ペレルマンが優先するだろう。
283 本題に戻って、宇宙の形は?
290 2006年マドリードの数学者会議。
300 ペレルマンと対話した人達。
原注でも、評論的なポアンカレの伝記には碌なもんがないとか、ノーベル賞に何十回もノミネートされたとか。
サーストンの講義ノートは、www.msri.org/publications/books/gt3m/ で入手可能。
ペレルマン論文の解説サイト www.math.lsa.umich.edu/research/ricciflow/perelman.html

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