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2008.02.11

Alexei Lubimov Messe Noire

アレクセイ・リュビーモフはアヴァンギャルド音楽を目指していた。それがいつからか演奏家になったと、どこかで読んだ気がする。


ストラヴィンスキー: セレナーデ イ調

古典様式へ移行した形式主義と評価したい作品で、通常は色彩の洪水のような演奏がなされる。

ここでの演奏はまるで色の無いストラヴィンスキーだ。ハルサイ第二部を想起するなら、より構造的志向を強めたと見るべきなのだろう。ようやくにしてストラヴィンスキーを原始主義から開放し構成主義として評価しようということだろう。


ショスタコーヴィチ: ピアノ・ソナタ 第2番

24の前奏曲とフーガから派生した主題が展開するショスタコーヴィチが通常仕掛けるピアノ平均律への挑戦とも取れる不協和が、この演奏には見当たらない。理屈で書き上げられたフーガのスタイルさえも音響的な無理が無くまとめられている。


プロコフィエフ: ピアノ・ソナタ 第7番

こうまで来ると演奏する愉しみさえも否定してるのではないかと思えてくる。ペダルの踏み替えで弦が踊ってしまってる箇所もあり良い録音とは思えないが、機械的な仕掛けと歌を通常の演奏者のそれとは入れ替えてしまっている。


スクリャービン: ピアノ・ソナタ 第9番

現代の耳には宗教や呪術的な響きさえ聞こえないのではないか。もしかするとピアノの先生たちから、そんな演奏をしてはいけないと叱られるかも知れない。


総じて、デタントな演奏だ。つまり時代的な緊張緩和を要求する演奏だ。

聴衆と作品、が緊張しながら向き合う作曲家のイメージを排除した。

これらの作品が書かれて経過した時間と世情を鑑みると、決して戦争が遠退いた訳でなく、戦争の質とそれに関わる聴衆のスタンスが変容した。(軍人の栄光を求める類の)古いタイプの戦争を(紛争地以外では)恐れなくなった、愚鈍になった。

また、その後を書いている作品が現れていないということでもあるのだろう。

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Comments

将軍たちが昔の戦争に備えたがるように
http://diamond.jp/series/drucker_3m/10037/

Posted by: katute | 2008.02.15 at 09:46 AM

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