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2008.02.11

読了『累犯障害者』

"累犯障害者" (山本 譲司)

障害者がなぜ犯罪者になってしまうのか / SAFETY JAPAN [書評] / 日経BP社
404 Blog Not Found:返す言葉が見つからない - 書評 - 累犯障害者
これらを読んで気になっていた。Googleで「累犯障害者」の結果が6万件を超えているのだ。

知的障害者の部分も当然大いに気になるのだが、聴覚障害者が、デフコミュニーを形成する理由の1つ(の可能性)として、独自の言語(彼らの通常の手話は、文字を写したような日本語手話とは別物だそうだ)、独自文化、独自の感情や理性のあり方を持っているため、聴者の社会の中で、いわば、外国人となってしまっているからではないかとの指摘が気にかかる。オリバーサックスの『手話の世界へ』での観察には出てこなかった気がする(そう言う島での滞在記だが、それで外界と異なっているとまではなっていなかったように思う)。
ニカラグア手話(The Birth of a Language)の記事の先の話なんだろうか

知的障害者が加害者にも被害者にもなり得ると言った一般論ではなく、そうならないための福祉やら社会やらが、全く機能していない現状が恐ろしい。
聾学校の校長が、「9歳の壁」(成人しても、9歳並の知識常識しか持てない)という偏見(知能指数60と言っている訳)で見ているなんて、想像力の欠如、非スランの悲劇だ。

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Comments

ノンバーバルな世界を取り上げてるので珍しいと言うこと?
フレンドリーな宇宙人がある日一斉に地球上の宗教施設を攻撃するティプトリーJr.の短編を思い出す。インカ・マヤ遺跡が焼け焦げている理由とか。
分かり合うことの不思議、だね。
分かるという日本語は共通認識を分け合うという語だろうか。
I see.は私にも見える、見えた、と視覚優位な感じがする。
Sí Señor , Señorita.

Posted by: katute | 2008.02.11 at 11:19 AM

ソーシャルグラフとは何か? エッジとノードから考える
http://japan.cnet.com/marketing/socialgraph/story/0,3800084199,20366534,00.htm

これ↑読んで、こっち↓思い出した。

しもた屋之噺(74)杉山洋一
http://www.suigyu.com/sg0802.html#02
ブソッティの図形楽譜に演奏家がどう関与するかって話。

さらにこういうの↓も思い出した。

あのメロディが頭の中で無限ループするんです
http://blog.goo.ne.jp/kitaryunosuke/e/e088ed79a9d48db920c4a47e93fc44b5
ケージの方が楽だよって話。

話を戻すと、文字以前/以外の世界の住人はどうしてるのかなって思った訳で、言語以前/以外はどうだろう、と。

Posted by: katute | 2008.02.12 at 11:07 AM

珍しい訳じゃないが、本当の手話が別にあるのは日本だけなのかなと思った。しかも、現場が無自覚と来ているし。

Posted by: 本人 | 2008.02.12 at 12:39 PM

「累犯」「障害者」なのか。
「累犯障害」者なのか。
それ自体を考えると、最近の一連の偽装事件や家庭内殺人は各種レベルのテロと断定して良いのではないかと思える。
サイコパス的な社会事象と見受けられる。そうしたのはテロを「野に放った」政策立案者の精神構造に問題があったと考えて差し支えないだろうと思える。
脳化する社会のいち現象ではなく、社会を飲み込む脳化の現象だろうか。

Posted by: katute | 2008.02.13 at 10:54 AM

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