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2008.02.03

メモ

疫学を学ぶ村長の息子とグルーピーな女学生。祭りの日に村人の数に分けると畜の習慣。


晩には聴力が衰え朝には腕が痺れる。

脳という部位があるという感覚を知る。


Nikolai Evreinov “The Theatre of the Soul”(1912)を出発点とするBARRY GUYのFOLIO。交錯する別時間を葉脈のように描きたいらしい。

ジャズのコントラバス奏者で現代音楽作者。即興的なソロと弦楽合奏が交互に演奏される。弦楽器への造詣は申し分なく誰の影響からも逃れて感情に溺れず独特な音響を醸し出す、暖かくも冷たくも無い時間。

これにどんな解決が必要だろう。


Michael LevinasのLes“Aragons”メゾソプラノと11楽器のため。ラヴェルのアンサンブルと声の作品を思い出す編成。アラゴンはスペインによるレコンキスタ以前のユダヤ人居住区のひとつでアラブ的な文化が支配的だったようだ。それがワルツへ、が作品テーマのようだ。この短く繰り返すワルツ動機をピアノでジャン-フィリップ・コラールが弾く贅沢。


松村禎三の音楽、の楽句をつなぐ合いの手は現代の耳には時間の戸惑いとして陳腐化してしまった。その圧倒的な怒濤をしても。

JULIAN ANDERSONのデビューから10年までの作品集での明滅する断片を浴びせ掛けるように積み重ねるアイデアが面白い。

アンサンブルではなくシンフォニエッタ。ペール・ネアゴォの影響を自身が認めてるが、石油危機の第三次中東戦争の頃の世情を滲ませるのが可笑しい。


JOHN FOULDSのDYNAMIC TRIPTYCHに寄せた子息の一文MUSIC YESTERDAYが気になる。いずれ訳したい。

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