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2008.04.23

読了『自閉症とマインド・ブラインドネス』、『自閉症―「からだ」と「せかい」をつなぐ新しい理解と療育』

サイモン・バロン=コーエンの『自閉症とマインド・ブラインドネス』と、
藤居学/神谷栄治の『自閉症―「からだ」と「せかい」をつなぐ新しい理解と療育』を読んだ。

実は、前者は、自称自閉症の方のブログを読んで、読まなくてはならないと感じたので、図書館で借りて読んだのだが、結果から言うと、バロンコーエンの理論は、乗り越えられるべきほどに、既に古い。
視線等を検出するモジュール(ID、EDD、SAM、ToMM)が脳に備わっていて、それらのうちのSAM(共有注視)の不全により、自閉症になると言うもの。だが、これは理論的説明ではなく、言い換えに過ぎない。

後者は、上の解釈を乗り越えたと(思う)新しい認知的自閉症理論。
ミクロなレベルでの、抽出能力と般化能力のアンバランス(抽出>般化)により、認知不全が起こるために、自閉症症状が現れると言うもの。脳の認知能力が、抽出と般化によるものとして、そこからすべてを説明していく。コネクショニズムの実験結果や、J.ギブソンの生態心理学でのアフォーダンス、ジェフ・ホーキンスの自己連想記憶理論を取り入れて、人の認知のあり方、そして、そこから自閉症の理論を構築している。

以下はとりとめも無い読書中のメモ。

まず、バロンコーエンの本は、それまでの認知科学からのアプローチの決算に当たるもので、それまでの結果の解釈が際立っている。
但し、今では、議論が、無限後退の罠に嵌っているのが、見えると思う。
IDは、擬人化装置なのか?何にでも人の背後を見る、で、このIDが見てしまう「人」って何なのだろう。蛙が「動くものしか見ない」のと同じように、地から図を取り出す事なのだろうか。視覚は過去数回再発明されてきたのだから、図=像の集合を取り出すのは、自動化されているように思うが。このロジックは間違っている。直し:人間だと、既に、音像等の機能がある上に、視覚が足されているから、地と図の機能は既にあった見るべきだろう。ミジンコとかは知らない、無いだろう。
EDD:視覚障害者と自閉症者の比較があるので、そっちを読んでから。
SAMは理解できてない。最初の記述は、視覚に依存し過ぎているように思う。
ToMMは、もう少し説明が欲しい。
2008.03.30
読み終わらなかった。
やっぱり視覚を優位に置いている点と、それでどうするってぇのが無い点が、気になる。
2008.04.04
読み終えるも、納得ならず。局在論は、やはり、納得し難い。ダメなんじゃなくて、ホムンクルスを仮定しないのならいいのだが。SAMやToMMが高機能過ぎると言うか、機能としての存在は判るが、それは複合機能なんじゃないかと。
後者のそらパパ(藤居学氏)のサイトを読み始めたのも、影響しているのかなぁ。

藤居氏他について。
般化は、抽出の後に出るもの?般化が強いケースはあり得ないのか?まず無さそうだが、他の考察も必要かも。例えば、入力が複数で出力が1つのモジュールがベースなら、それしか無い。出力は複製できないのかな?他には?
2008.04.18
読み終えそう。あまりにもすんなりと読めてしまうので、かえって、危惧を覚える。
2008.04.20
ジェフホーキンスの本では、確か、直感的に判断できる時間から逆算して、シナプスの発火は6段階くらいしか使われていないらしいとあったので、抽出を行う並列方向の発火で1回、般化に当たる直列方向に出るので1回、と数えると、最大で、3段階の直列の般化の階層しか無い。意外に低いのだ。
ちなみに、各シナプス等が、固定的に階層構造を構成している訳ではない、発火自体が、それぞれの連結を変えるし、ループしているのも、階層を越えているのもある筈。
アフォーダンスの収まりが少し悪い気がする、別の次元の項目を説明しているような。

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書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

なんか詰め込み過ぎてるよね。
だから精神を癒せば肉体が治るの様なことを考えてしまうのではないか?
それぞれに個体差があるのだから、総括した解を探すのは木を見て森を見ずな感がする。
実際に読書すればじっくりと手探りなんだろうけど、その辺りが伝わっては来ないので、勝手な予想的感想。

Posted by: katute | 2008.04.23 at 05:42 PM

2行目の意味が分からないなぁ。現実を見るのがつらいのかな。

Posted by: 本人 | 2008.04.23 at 05:44 PM

記事から伝わったのは、例えば、禅で鍛えれば自閉症が治るみたいなことが以前あった。そういう一般的な感想。

Posted by: katute | 2008.04.23 at 05:48 PM

ううむ、そうすると、自分は日本語の練習からしないといけないのかな。認識、認知については書いたけど、精神なんて書いたつもりはないのに。まぁ、読書日記だし。

Posted by: 本人 | 2008.04.23 at 06:09 PM

愛想が無さ過ぎたので、少し書いてみる。
どっちの本も、自閉症の原因が脳の機能障害という点では一致している。
だが、そもそも、脳のどの部分、どの機能の障害なのかで、解釈が違う。
バロンコーエンは、もうこの研究をやってないらしいが、この道の大御所扱いになっているようなので、読んでみた訳だ。
また、脳の機能障害という点から、自閉症には根本的な治癒方法は(現在は)無いと言われる。
どの療育方法も、この世界について学んでもらう事、この世界への対処法を身につけてもらう事が目標だと思う。
なので、精神修養とかの話は嫌いだ。

Posted by: 本人 | 2008.04.23 at 06:45 PM

自閉症の原因が脳の機能障害と言うが、それなら今後、それぞれの部位と機能の対象性から、何らかの処方は導き出されるのではないか。
しかし個人が世界を把握し世界観というか外界や自己に対する感触をどのように構築し理解するのか、またそうした体系的な理解や精神性を得るのかは、やはり物質的ではないような気がする。
気持ちを共有する努力?のようなことを相互理解する、とか漠然とした物言いになってしまうけど、一般性という枠の外にも沢山あるってことではないか。


(引用)
 ネグリも不断に参照するドゥルーズ/ガタリは、マイノリティー問題を論じて、その多数多様性が「1」に回帰することを警戒し、常に「n-1」でなければならないと言った。
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200804102226404

Posted by: katute | 2008.04.24 at 10:38 AM

何らかの処方で回復するのなら、そんなに嬉しい事は無い。
だが、よく考えてみてくれ。機能障害がある状態で、成長するという事を。
ネットワークで構成された認識のシステムは、それ自体が変化する事で成長する。
システムの不具合は、機能のバランスの問題でもあり、個別の修正では治るかどうか判らない。
それに、一度受けた影響をすべて取消す事は出来ないと思う。例えて言えば、醗酵を戻す方法があるかないかだ。今は無い、という事になっている。
いつかは、改善する薬は出来ると思うし、それを期待する。
が、『それを飲んだら即完治』みたいなのは無理だと思う。上で言ったように、直すべき部分に、教育と言うか、成長が関わるから。

Posted by: 本人 | 2008.04.24 at 02:56 PM

治るって言葉が良くなかったね。
元通りというのはどの状態を指すのか。
そうではなく、多様性のひとつとして理解するとこではないのか。受け留めるってこと。
もしかしたら同じ空間に居ても違う次元に居るのだから。

Posted by: katute | 2008.04.24 at 04:56 PM

本を読むのが大変なら、お父さんの[そらまめ式]自閉症療育とかじっくり読むと良いかもしれない。

ちなみに、精神分析による自閉症の療育は、今では、効果が無いどころでなく、全く間違っていることが判明している。
今は、フランスだけの問題になっている。歴史的な偶然なのだが、かの地ではまともな治療として、親子の絶対分離と、親の再教育が強制されて、結果、親も自閉症者も、施設から出られず、二度と社会参加できない状態になってしまった。

Posted by: 本人 | 2008.04.24 at 05:06 PM

おお、書き込みが前後した。
受容は当たり前なので、わざわざ、書いていないだけだよ。直ったりはしない。「回復」は認知の能力上に見られる、アンバランスを修正する程度のこと。

もしかしなくても、違う認知の上に居るので、別世界の交流になっている。
オリバーサックスの『火星の人類学者』を10年前に読んだのが、自分には、よい下地になっているように思う。
蛇足:それにしても、テンプルグランディンさん以外も、女性は高機能(それも破格の)な人が世に出やすいのかな。発現の男女比は、4対1くらいなのに。

Posted by: 本人 | 2008.04.24 at 05:11 PM

説明を読んでて「選択と集中」という言葉が浮かんだ。知識と経験の差異を考えてしまう。
だから、『多様性が「1」に回帰することを警戒し、常に「n-1」でなければならない』を、自分は再認識しておこう。

ティプトリーJr.に時間を遅らされてしまう刑を受ける話とともに日本には座敷牢というのがあったなぁと思い出す。

Posted by: katute | 2008.04.25 at 10:45 AM

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