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2008.06.22

『機械じかけのオレンジ』

キューブリックが映画化しなかったらと思ってみる。それとも、こんな感じで『ロリータ』も映画化したんだろうか。オチが裏返しに似てる。
小説は、独特の言語感覚で面白い。頭の中ではDAIGOあたりが喋ってる風な感じで読んでた。物語は『われら』を思い出せるのは管理社会だからか? 不良少年らの喋りと喧嘩スタイルがオールド・タイマーで微笑ましい。
日本語版に欠落した21章はネットに上げてくれてる人がいたので、文体が異なるけど、読むことが出来る。これを小説の結末とするのは飛躍が過ぎる感もあり、難しい判断だ。物語り的にはオチてるが、読み切らせなければいけないので筆力を要する所。

実は物語としては、自分の中に膨張していたイメージの方が過激で、こんな、ひと昔の冒険小説みたいな話とは思ってなかった。

アントニイ・バージェス, 乾 信一郎, Anthony Burgess『時計じかけのオレンジ (ハヤカワ文庫 NV 142)』

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Comments

機械仕掛けは「未完成の戯曲」の方だったね。
それと、『われら』を思い出させるのは、管理社会と明確に規定されていないけれど窮屈な社会状況にあってその中での、象徴的な「ホーム」が、だ。

ネットに出ているハヤカワ文庫未収の21章への解説では、作者は21という数字に意味があると言ってる。
そうだとすると、20章と21章は、その前章からの物語としての断絶が著い。
無理やりな解釈としては20世紀の暴力は21世紀には解消される方向へ向かうということかも知れず、大人と少年との断絶を描いてるのかも知れず。
それにしても第1部に描かれた主人公の世界が第2部、第3部と進むにつれて綻んでいく。その姿が主人公からしてみれば哀れだろう。

キューブリック映画に準じて21章を省略した米国版とそれを訳したハヤカワ文庫ということになる。つまりは、20世紀の小説として現況を誇示したのだろう、と思ってみる。

Posted by: katute | 2008.06.27 at 08:12 AM

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