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2008.07.17

読了『世界の測量』


ダニエル・ケールマン『世界の測量 ガウスとフンボルトの物語』

Amazonのレビューを見て知ったのだが、NHKの「テレビでドイツ語」で児玉清さんが紹介していたそうで、この人もスゴいな。 そのAmazonにもあるけど、YouTubeに、出版元の三修社による紹介動画がある。更に検索を進めると、「無類に面白い小説を読んだ」(日本経済新聞6月15日 書評欄・佐藤亜紀氏)とあるではないか。
否応にも期待が高まるではないか。
物語は、ガウスとフンボルトの物語が交互に進む。若干修辞過多な物言いが判りにくいかな。
第一章(ガウス視点)の邂逅は、頑固で偏屈で嫌味な(だけど頭は良さそうな)爺と、何事にも大袈裟で格式張って見栄っ張りな爺の衝突といった出来事に終わる。これ以降、彼らの生い立ちから冒険に満ちた人生が交互に描かれるのだが、『こんな爺さん達も、若い頃は情熱に燃えていて』なんて風には進まない
情熱には燃えているんだが、世間的には理解不能(ガウスは先に進み過ぎていて、その業績の意味が理解されないし、フンボルトはこいつ自体理解不能)な奴らの、数学と世界を股にかけたトンでもない冒険話が進んで行く、奇想天外で大変面白い、空想冒険小説だ。
感想文なので、以下、ネタバレありだ。未読の人は止めておくように。<追記>スゴ本のdainさんにトラバを頂いてたので、返します。こちらはネタバレありなので、あちらから読まれる事を勧めます。

二章から語られる、フンボルト兄弟(そう、言語学者・外交官の兄がいるのだ)への実験/教育は、ゲーテの何気無い助言で始まるのだが、この実験(といっていいのか)から、この結果が出たのなら、物凄いことだ。
そして、どうも、この二人は、『実験動物の生』を全うする事にしたらしい。究極の評価は兄弟間でしか成されず、実際の所、他人は関係ない。この関係が見えると(随所にある兄への手紙への執着)、面白くなってくる。
何だか、佐藤亜紀の「ミノタウロス」を彷彿する、冷たく記述される兄の、静かな殺意と、その世慣れた処世。
弟の覚醒は、兄による、それまでの弟の殺害/死、によって、人知れず、起きる。
そして、頑な学究一筋、と言うか、ネジが千切れ飛んだような豪速球の変人の弟が誕生したのだ。そこから、内面は兄の影だった弟の(外界での)影になってしまった兄というねじれた関係が立ち上がる。つまり、この二人は、シャム双生児のような、お互いを生み出した、ワンセットなのだ。
その冒険旅行は、世界を時計と尺で計り倒す、偏執狂の博物学者の姿そのもので、兄の、言語学者として政治家としての生き方は、その裏返し、裏面でもある(あまり描かれないが)。
それにしても、『何するんだ、フンボルト!』と叫びたいシーンが続く、クラーレを舐めるとか、犬とワニを一緒に閉じ込めるとか、嵐の中で自分を船首に括り付けさせて観測するとか、火山に入るとか、酸素も無いのに登ってくとか、トンでもなさ過ぎる。

ガウスの子供時代の描写は、天才とアスペルガーの混合(奇才のサヴァン?というのは言い過ぎか)のようだ。喋る前に少し時間を空けるのが社会的儀礼かもしれないと考えていた(この表現は、最後にもう一度、印象的に、別の人物に使われる)、文字を一晩で覚えて聖書を読み切った(退屈な話だった)、等、思考速度が違いすぎることの表現だけど、普通じゃないよね。
有名な1から100までの足し算の逸話は、何故か、そのまま使われているが、これって、本当は、もっと難しい等差数列だったんじゃないかな?ビュットナーの描写(教育=鉄拳)は、時代の雰囲気か。
バルテルスの描写は、少し可哀想だな。
ガウスの業績とその過程は、少し劇的に描かれていて、楽しい。正17角形の作図とか、『整数論』とか、ケレスの軌道の特定とか。でも、どれも、(主観的には)えらく簡単にやってのけてしまう。
最愛の妻とも、お互いに分かり合える二人として出会うのが素晴らしい。その結婚の件は、数学の奇人として描かれるが、つい納得してしまう。
つまり、ガウスは、普通の人間としての器に、破格の知性を与えられた、giftedの典型、早過ぎた人、速過ぎる人として理解可能な姿に描かれている。まぁ、そう云うよりも、200年前に現れた、もう一人の、『地球に落ちてきた男』と言った方がしっくり来るかも知れない。
何せ、ガウスは100年、200年後を想像して、『今』の不便に悪態をつくのだ。

フンボルトは、その内面の空性から、己にも何だか判らない焦燥感が強過ぎ、読む側からすると、火星人の内面生活みたいに得体の知れない闇雲でとりとめが無い奔流に振り回されている印象だ。その結果、無意識に突き動かされるように、行動せずにはいられない、しかも、ドイツ男性の誇りだか何だかの俗物根性丸出しでかえって現実離れした男に描かれている。『中身が湧かない、まるで空虚な』とアマゾンの手相見にそう言われるシーンがあるが、この判らなさが、若いフンボルトの魅力と言うか。そして、やはり、評価というか基準となる兄にしばしば手紙を書き綴っているのだ。

さて、本文に戻って、『第九章 庭』で、不思議な伯爵と出会って、若き数学の王、測量技師(測地学者)としてのガウスの旅が終わる。
この伯爵は、ガウス畢竟の成果である『整数論』を読み、恐らく、その大部分を理解しているのだが、一体誰がモデルなんだろうか。殆ど、幻想としか言いようが無い人物である。
さて、私は、この辺りで他の読者達に不満がある。
ガウスの測量は机上の作業だったのか?命は取られないまでも、かなりの重労働の旅をしたのは何故だろう(喰うため、は自明なので抜きにして)。数学の王がやるような仕事とも思えない、こう言う職しか無かった時代だと言う事を知るべきではなかろうか。
そして同時期に、フンボルト兄が弟のために大学を創った理由を考えるべきだろう。フンボルトの本職は、『金持ち』であって、冒険家・博物学者は、趣味・道楽なのだから。
ここで、比較のために、歴史上の数学者、文化人を順に並べて見ると、18世紀中頃からのオイラー、ラプラス、カント、モーツアルト、ゴヤ、ゲーテ、ルジャンドルと来て、ガウス(1777-1855)が、18世紀と19世紀を分つ。19世紀に入って、十返舎一九、ベートーベン、バイロン、頼山陽、間宮林蔵、スティーヴンソン、滝沢馬琴、ロッシーニ、フーリエ、ヘーゲル、伊能忠敬、アーベル、シューベルト、ロバチェフスキー、ドラクロア、ガロア、ボヤイ、コーシー、ファラデー、安藤広重、ショパン、ユーゴー、大塩平八郎、ディリクレ、モールス、マルクス、ブール、グリム、リーマン、ワグナー、ペリー、エルミート、ヴァイエルシュトラス、ダーウィン、ボードレール、メンデル、坂本龍馬、クロネッカー、マクスウェル、クライン、トルストイ、クライン、リー、カントル、デテキント、ニーチェ、エディソン、ドストエフスキー、マラルメ、ポアンカレ(19世紀最後の巨人)、ヒルベルト(20世紀最初の巨人)と続く。
この中で、ガウスは、科学(天文台所長の職)で飯を喰った大学教授の走りの世代と言える。森毅には保守主義者と切って捨てられているが、この流れの中で、止む無く慎重な姿勢を貫いたのだ。でも、そのお陰で、嫌な爺扱いされている訳だが(ロバチェフスキーの非ユークリッド幾何も若い頃にほぼ完成させていたと後から手紙で知らせたり、嫌な奴には違いない)。その間も、ガウスは、自分で導き出した球面幾何の結果から、空間がどの程度歪んでいるかを実際に計測したり、機械的な作業の連鎖の中で、誤差の修正手法を編み出したり、考える事を止められないでいる。

同じく、『第十章 首都』で、若きフンボルトの旅も終わる。ここで誤植。フンボルトとあるべき所がガウスになっている。ここで、ボンプランは出番が無くなる。この、フンボルトの影のような人物は、史実としても、実在なんだな。

そして、時代の運動に巻き込まれる形で、二人の夜の冒険が始まるのだが、唐突に終わってしまう(うっかりガウスが終わらせてしまった)。
途中の霊媒への興味の持ち方の違いが面白い。普通なら逆に考える所だが、やはり、ガウスは独自に考え、フンボルトは枠に分類(つまり枠は先に出来ている)するのだな。
その帰り道に、二人が語り合うのが、クライマックスだ。
この異質の二人の独白が溶け合って、色々なものを失った二人が互いに不在の相手と対話を交わすシーンが胸に迫る。

この後も、息子と行った2進法をベースにした光通信の実験を発展させて、ヴェーバーと電信で通信してたと言うのはやり過ぎではないだろうか。そう言う事を書くなら、リーマンを出してくれ。素数定理に触れたのなら、リーマンを出すべきだろう。弟子が一人も出ないし。

最後、ガウスの抑圧が取れる事で、息子のオイゲンの本来の能力が開花するであろう事が、ある種の救いとして、象徴的に描かれる(史実としても彼は成功したらしい)。

なお、ガウスが女好きだというのは正しいが、女ったらしというのは間違っていると思う。相思相愛(しかもガウスの数学を片鱗なりとも理解している)の妻と、優しい良き理解者の娼婦には恵まれたが、ヴェーバーの妻に色目を使うだけで、全然、モテてない(数学者のプレイボーイというなら、ヒルベルトを上げるべきだろう)。
フンボルトは(この小説では)お稚児さん趣味なので、それも時代的にイタイな。

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