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2008.08.22

読了『創造的破壊とは何か――日本産業の再挑戦』


今井 賢一『創造的破壊とは何か日本産業の再挑戦』

以前にmichikaifuさんの『今井賢一著「創造的破壊とは何か」−私の本で食い足りなかった方に - Tech Mom from Silicon Valley』を読んで気になったので、図書館に予約しておいたのが、漸く順番が来て読み終えることができた(まだ順番待ち続いているので、延長は出来なかったのだ)。

目次
序章 議論の文脈
第1章 創造的破壊のプロセス(シュンペーターに学ぶ クリステンセンの現代的視点との接点 ほか)
第2章 産業組織のダイナミックス(ミクロとマクロをつなぐ産業組織 取引コストの歴史的変遷 ほか)
第3章 日本の選択―新たな可能性を求めて(議論のスクリプト 受け継いでいる経済インフラ ほか)
終章 本書の議論を超えて
アーカイブ(ビジネス・ネットワークのダイナミックス 産業組織の新たな展開)

碩学の一冊。
(著者の事を全く知らずに読み始めて、随分、よく知っている人だな、若いのか知らん?等と惚けた事を考えていた事が、恥ずかしい)
目次だけでも、読む必要が分かる。
シュンペーターのいう本来の意味の『創造的破壊』(「新たな創造があって、その結果、既存の構造が破壊される」のであって、どこかの政治家が言うように、ただ壊せば新しい事が始まるという訳ではない)の観点から経済を見直す。
やはり、ジェーン・ジェイコブスに高い評価を与えている。
個人的には、この本を読むまでは、『大企業病』の意味を、世間的に取り違えていた事に気づかされた。『大企業であるという自惚れから怠惰が企業を蝕む』みたいな世俗的な理解だったのだが、そうではなくて、『大企業が必死に市場に最適化して、生き残り戦略を進化させた』がために、『新しい市場への参入が出来なくなる』事なのだった。ヘッジファンドの人気が出過ぎて、『池の中のクジラ』になってしまい、無傷で池から出す事も、そのままでいる事も出来なくなった状態によく似ている。つまり、本質的な現象だと言う事。ここから先は自分で考えるべきだろう。
著者が関わった色々な実例もそれなりに面白いが、まだ、最終結果が出ていないので、理論の方が気になる。

『創造的破壊とは何か――日本産業の再挑戦』(東洋経済新報社) 参考文献リストも参照。

以下は、読みながら気になった部分のメモ。幾つか実例が挙げられているが、それは特にメモってない。<>は自分のツッコミ。

iii 必要なのは「改革」ではなく「変化」である。
4 ほとんどの「一般目的技術」は、技術自身がラディカルな革新だったというよりは、その技術の利用の仕方を創造し、多面的な用途を見出したという意味で、「ユース・ラディカル」な革新だったという事である。
10 シュンペーターのいう創造的破壊はあくまでも創造が先にくる(あるいはほぼ同時に起こる)のである。<要約:新しい技術、技術の結合、新しい組織を持ち込み、銀行が新しい信用創造によって投資資金を提供、既存構造を揺り動かし、創造の過程が始動する。その後に、新結合が旧結合を破壊するという転換の過程が登場する。>
15 クリステンセンは、参入障壁があり、経営効率が良いために、既存企業は市場を失って行くのだと<ローエンド市場で新しい価値をもって勝負しなくなるから>
20 パースによる新しい仮説を生み出す、アブダクション(レトロダクション):(i)Aという驚くべき現象が観察される、(ii)それを説明するために、a/b/cの3つの仮説があるが、これまでの経験的知識と現在の情報から判断すると、cによればAを説明しうる可能性が高い、(iii)そ王であれば、まず、仮説cの妥当性をあらゆる材料を使って追求すべきである。
26 アントレプレナーの指導力によって後続者が群生したが、それが生活様式の変革に及んでマクロの経済効果として顕在するまでは相当の時間的ラグが生じる。(鉄道でさえ)
36 周辺技術をも必要とする統合的な技術開発には、このような「悪夢の時代」が存在するのが一般的であるという。
<液晶とか>
41 戦略的な分析単位としてのプロジェクト<企業になる前の段階というか>
47 活気ある消費社会が前提
53 創造的破壊の制度的な仕組みとしての、ベンチャーキャピタル。起業に関わる、いわゆる、ベンチャーキャピタルと、破壊(所有権の移転)に関わるプリンシパル投資機関の2つ。
59 「インビジブルエンジン」、見えざる手の現代版というか。<グーグルでの無料の検索エンジン、これを軸に、無料の利用者と、有料の広告者の二面市場を展開していると見る>
69 擦り合わせから、モジュール型へ。実際には、擦り合わせから、モジュールに育って行くイメージ。最初から決めつけない方か。
73 日本の失敗の原因、個人技依存の高い生産性からの脱却の失敗、Σ計画を食い潰した事等。
80 シュンペーターによる「情報革命」とは、「その体系の均衡点を動かすものであって、しかも新しい均衡点は古い均衡点から微分的な歩みによっては到達し得ないようなもの」
82 プロフェッショナルの意識改革と、責務上の地位向上。医者とソフトウェアをあげているが。需要者と供給者との情報の非対称性が鍵。
90 日本の強みは、標準的な材料を、創意工夫でエレクトロニクス向けにデフォルメして行くプロセスが、日本人の独壇場。「ユース・ラディカル」
101 日本は、フルセット型、ルート128型であり、シリコンバレー型では無い。
111 都市型産業から農業等への応用が必要、というのは、ジェーン・ジェイコブスの思想。
120 プラットフォームと、インターフェース。
122 ヘルスケアでは、沖縄の県立中部病院(ハワイ大学と研修プログラム)、プラメド等。
130 日本でのアントレプレナーの歴史的な検証。
141 日本の選択。プロジェクトベース組織論(PBO)。実例。
163 「わざ」について。不明だな。
168 川崎和男によるユニバーサルデザインの否定。個別性、独自性の除去等は否定すると。自由度も不自由性と拘束性の解放とか、色々。
181 『群生』が起きてからの『投機の泡沫』の発生、必然的な崩壊と、その過程での金融企業家による旧体制の破壊の役割。
186 日本でのコアの変化が少数に留まるのは、『天下り』が制度に組み込まれているから。悪い意味の天下りは、シュンペーター流にいえば、「所得の介入」である。本来不要な支払いが、何らかの理由で制度に組み込まれたため、誰かの所得になっていること。つまり、社会的な富を生まずに、GNPに計上される所得。つまり、これが増えると、名目上、GNPは増加するが、経済は停滞する。
188 『来るべき枠組み』のための条件を創り出すのが、創造的破壊と言う趣旨。
195 大恐慌からの脱出は、起業家によるマーケッティングへの注力、ニューディール政策、第二次大戦。
205 ITとFT(金融技術)の結合としてのリアル・オプション。投資機会の情報を評価する方法。
213 仮想企業によって、個々の人間の多面的な能力を活かすには、管理する中心に、全力で対応し、責任を取る人間群が必要。契約所得と、残差としての所得。
236 開発投資へのリアルオプションの計算例。<成功時の評価額とかは事前に分からないのでは?>
245 ロックイン現象について。ロックインを克服するにはどの程度優れていなくてはならないのか。OSSとかを例に。
247 開発者がN倍になると、速度は、N倍だが(怪しい)、複雑性とバグは、N*Nになる(コミュニケーションパス、エラーの可能性を論じたブルックスの法則)。Linuxはどうやって、克服した?作成する者が利益を得る者でもあるのが1つの理由。ベストショット公共財(全員が受ける利益が最良の寄与者の寄与と同じ)と、最も弱(全員の受ける利益が、最も小さな寄与と同じ)、この間の筈。Linuxは、最初ベストショットで始まって、中間に移行したのでは。
253 結論。プラットフォーム(バーチャルな市場といえる)というコンセプトと、リアルオプションに基づく市場行動モデルの提案。これらで、好循環を生みうる。

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Comments

ジェーン・ジェイコブスを評価するのはその倫理性ではないかと思う。批判者も当選存在するが。

壊れゆくアメリカ
http://www.amazon.co.jp/dp/482224668X


市場の倫理 統治の倫理
http://www.amazon.co.jp/dp/4532191769/

Posted by: katute | 2008.08.22 at 01:22 PM

ジェイコブスの評価は、倫理性からと言う面もあるが、この著者の場合、実効性からだと思う。

Posted by: 本人 | 2008.08.27 at 03:12 AM

ジェイコブスに対する批判が主に実効性だとwikiにはあるが。

Posted by: katute | 2008.08.27 at 01:06 PM

ジェイコブズについて:
http://www.hanshin-awaji.or.jp/kenkyusyo/seika/chiiki/pdf/h16_12.pdf
このP75でいう2つの倫理が、実際の現象に当てはまったということを指摘しているのではないでしょうか?

なお、大企業病の意味については、取り違えていた、とまで断言する必要はないと感じました。
そうなってしまう状況を、”進化の必然”とみるか、”進化の不全”とみるかの立場の違いかと。
実際の大企業にいる人たちとの触れ合いの中では、どちらと感じるでしょうか?

Posted by: Kimai | 2008.08.28 at 11:55 AM

Kimai様
コメントありがとうございます。
『3)市場の倫理と共同の倫理』の部分ですね。まだ、自分は理解に達していないような気がするので、全体を良く読み込んでおきます。
大企業病を『進化の必然』と見る立場に思い至らなかった点が反省点です。ここまで来てしまえば、確かに、振り返る限りでは、実質的な違いはありませんね。
今後もよろしくお願いします。

Posted by: 本人 | 2008.08.28 at 02:42 PM

『大企業病』を「進化/淘汰」と考えるなら、「英国病」を想うべきか。シティとウォール街とか。

Posted by: katute | 2008.08.28 at 05:23 PM

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