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2008.11.20

CD試聴紀

James MacMilan : Raising Sparks
他にピアノソナタと小品集。
表題はアンサンブル伴奏の声楽チクルス。

TURNAGE THISU SILENCE
The Nash Ensemble 繋がりで。

CARINA ROUND LACUNA
ネットのどこかで試聴して、声の質と音域が好みだったので。

James MacMilan : Raising Sparks
他にピアノソナタと小品集。
表題はアンサンブル伴奏の声楽チクルス。
マクミランは確かスコットランドの宗教的少数派で、作品すべてが出版されるほどの人気で録音も多数ある。
63年生まれの英国詩人のテキストは野趣があり、ドラマを期待するのだが、音楽はちょっと平板な気がする、技法ではなく内容的に。というのは西洋的な音楽語法が勝ってしまってるということかも知れない。
作風での特徴は複数の要素を同時進行させる。対立とも呼べないので弁証法に基づくソナタ形式とは異なる。ピアノ曲で顕著だが、どちらかといえばベルリオーズの循環主題みたいなエクリチュールだ、もちろん更なる複雑さはあるけれど。
ソナタを聞きながら、その悪い和声を捨てれば、と想い続けていたのに小品を聞いてる内に、それが基本戦略のように思えてきた。機会音楽とはいえニューエイジ系のピアノ曲としてこれくらいの毒はあった方が洒落てるのだろう。
(後日談)
夢の暗示で気付いた。その夢は滑稽な儀式を執り行うものだった。ギリシャ悲劇のようにコロスと語り部とが渡り合うものだった。
ソプラノが歌う6つの詩も、実は6つの曲面を描いているはずで、それぞれの声があって然るべきであり、対立する二つの要素の一つが軸となり、互いの時間軸と視点の交点を移動しながら物語を見つめる視線が移り変わっていく。
言い直すなら、いや、乱暴に言ってしまうと、掌中の一膳の箸みたいなことだ。二つの語り部の時間軸が交差したままに歴史的な時間を移動しながら火花を散らすのが表題だ。その内的なドラマの表出を音楽として期待してしまうから判りにくとか、音楽としての表現が平板だと思ってしまうのだ。互いの存在する時間軸を超克して語られる神の視点のごとき物語る主体の異相が起きる。その火花を見たか。。。
もっと詩に寄り添って作品を聞き直してみよう。

TURNAGE THISU SILENCE
The Nash Ensemble 繋がりで。
不機嫌、無愛想。ラフな質感。そうしたオーケストラ作品での特徴は一転、この室内楽作品は何をすべきかを知る音の充実がある。
これらの音楽は解りやすいのは西洋音楽の形式に則っているからだ。
スイングしてみせるのも悪戯のようだし、それが往年のストラヴィンスキーのように想えるのも、ボーレールの二つの歌がフランス風なのも。。。そうした悪ふざけのようにしつらえられた音楽に伝統や技法が詰め込まれているのを聞くのが、ターネージの愉しみだった。
ところがここで、音色の要求に忠実に書き留められた筆致は見事で、たとえば八重奏曲で織り上げられるその艶に驚くのだ。
また、文学的なタイトルを差し引いても、ピアノ独奏曲はターネージにはめずしく内省的ですらある。

CARINA ROUND LACUNA
ネットのどこかで試聴して、声の質と音域が好みだったので。
男声を聞かないんだなぁと自分で時々そう思う。
冷めたビートを刻むドラムが却って思わせ振りな4(+1)曲のミニアルバム。
ギターバンドな音が久しぶりで、「行ったこともない街の情景が目に浮かぶ」のが面白くて繰り返し聞いてしまった。
CURVEやニック・ケイヴ、ビヨークを思い出すのは私がそれより知らないからだろう。

この夏、仕事場のインターネットラジオで散々にドビュッシー「海」を聞かされ頭に来たのを思い出した。
お前がいくらその波を名付けようとした知ったことか!波はその波だけじゃないんだぞ!と腹の底で悪罵し、ますます彼を嫌う自分を知った。


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