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2008.11.14

読了『やさしいベイトソン』


野村 直樹『やさしいベイトソン―コミュニケーション理論を学ぼう!』

図書館で借りた。オシャレだけど、結構薄い本だった。 主題は、ベイトソンの人となりと共にその思想を紹介すること。 コミュニケーション。メッセージ。「メタ」メッセージ。学習。サイバネティクス。フィードバック。すべてを1つとしてつかみ取る事なのか。

目次
第1話 ソフト・バット・ベリー・グッド
第2話 ベイトソン・セミナー
第3話 二十世紀最大の思想家
第4話 ヒトがもし進化を遂げなかったら?
第5話 主人と従士
第6話 ベイトソンって、なに?
第7話 ベイトソンの世界
第8話 その頃のベイトソン(1)
第9話 あそび、フレーム、パラドクスI
第10話 あそび、フレーム、パラドクスII
第11話 その頃のベイトソン(2)
第12話 ダブルバインド前夜
第13話 それってダブルバインド?
第14話 ダブルバインドとは
第15話 ベイトソン展望
第16話 『精神の生態学』を読む―結びにかえて

構成は、第4話までは普通の進行でベイトソンの紹介なのだが、それ以降、ベイトソンの思想をめぐるドンキホーテ主従の掛け合い漫才になっている。勿論、キャシーとの対話やベイトソンの個人史もふんだんに引かれていて、ベイトソンの世界に(丁度良い加減の距離で)浸ることができる。
語り口はやさしいが、やはり、混乱無しには語れないのが、ベイトソンだろう。
それにしても、著者の再三の主張にも関わらず、セラピー(家族療法)以外に実用(実現と言うか)の例が無いように読めてしまう。家族療法について知らないと、のっけから、アララ何か変だと思ってしまう。
キーワードと言うか、引っかかったのは、次のような事。

対話は、オーラルとノンバーバルの二重構造で一筋縄では行かない。
ゲームと遊びの違いは、ゲームそのものにルールが埋め込まれている点。思考の単位そのものにルールが組み込まれている、いわば、アフォーダンスとしてルールがある状態か。ものや動物が輪郭を持つと言う事が、実は環境が輪郭を持つ、アフォーダンスを持つと言う言い方が出るが、アフォーダンスへの言及はここだけ。遊びを区別するフレーム(輪郭)についての議論。二重フレームを使って、パラドックスを回避する話。論理階型(ロジカルタイプ)が異なると言う話。
ベイトソンに共同研究者・心理学者のジューゲン・ルーシュを紹介したのが、アルフレッド・クローバー(ル=グインの父の筈だが、後で確認しよう)。
ダブルバインドの前夜。患者がパラドックスやフレームを扱う方法が異常というのが精神病理。なので、その枠組みを操作するのがセラピーと言う事か。
自分の語るファンタジーがメタファーである事に気付かない、比喩が比喩で留まらずに現実に浸入してしまう。
ダブルバインド。
雲弘流の開眼の経緯が出るが、何故、ここで(webで調べた限り、「自分だけ切るのは卑怯」という相打ちの勧めみたいな説明があるが、実戦向きだったらしい)。
分裂症の治療(セラピー)が、そのコミュニケーション、関係性のすべてを対象とするようになったのは、ベイトソンに寄る。
最後に現れる、『変えられないものを受け入れる落ち着きを、変えられるものを変えていく勇気を、そしてこの二つを見分ける賢さを』くださいと祈るAA(アル中患者の自助グループ)の祈りは、以前他の文脈で読んだが、ベイトソンほど似合う思想家はいない。
学習1は、通常の学習、学習2は、学習1と言う経験そのものを書き換えるもの、学習3は、「学習」と言う行為そのものを書き換えるものというのも、あのイルカだよね。
積読状態の『精神の生態学』を読まねば。

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