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2009.01.10

読了『くらやみの速さはどれくらい』


エリザベス ムーン『くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ)』

先月、文庫になっているが、自分は、図書館で単行本を借りて読んだ。去年読み始めたのだが、風邪で年を越してしまった。

初めに断ると、自分は自閉症については、責任を持つ関係者として関わっているので、通常よりも知識は多く持っているが、専門としては素人であるし、以下には色々と独断と偏見(先入観)が混じっているだろうと思う。まだ誤解している人もいるかも知れないので、自閉症が、生まれながらの脳の機能障害であって、心因性でない事は先に書いておく。

この本は、(アルジャーノンと同じく)梶尾氏が解説に書く通り、名作である。
この本は、自閉症に興味が無くても、必ず、読むべきだ。

「くらやみの速さはどれくらい」
この魅力的な題名(このタイトルは、小説中で、繰り返し色々なレベルで問われることになる)の本は、自閉症者の世界を、ほんの少し先の未来、恐らく、21世紀中頃、『幼児期であれば自閉症を直せる世界』を舞台に描いたもので、主人公はその治療に間に合わなかった最後の世代という設定だ。
主人公のルウ・アレンデイルは、(ルーチン的な)会話や生活に不自由の無い高機能自閉症者であり、かつ、高度なパターン認識を併せ持つ一種のサヴァンで、自閉症者特有の困難を持ちながら、多国籍企業の研究部門に就職して、(制度的な支援を受けながら)自活している。職場の企業は自閉症者の雇用で優遇税制を受けながら、彼らの特異なパターン認識能力を活用している(雇用条件がいいのはそのため)。ここは憶測だが、重度の自閉症者の内面を直接伺い知る事は出来ないため、こういう設定になったのではないだろうかと、著者略歴を見ながら思った。
いずれにしても、ある意味(社会への適応と言う観点から)で、ルウは、現在考えられる限りでの『理想的な自閉症者』となっている。
物語は、丁寧に主人公の日常と内面を追っていく。その文章は、とても自然で、主人公「ルウ」の一人称部分が徐々に自分の認識を変えていくのが判る。愛情のこもった語り口と言って良いかも知れない。彼の、パターンを見つける喜び、突然閃く『ノーマルな者』の視点からの(ある欠落に基づいた)認識、彼の現在認識を不意打ちして混乱させる他人の何気無い所作、彼らに対する世界(無理解な他人や上司等)の謂われない悪意が、1つ1つ丹念に書かれて、それらが彼らにとっての何を困難にするのか、(こういう丹念な書き方で表されるとは思っていなかったのもあって)非常な感銘を受けた。
しかも、その理想的な療育を受けた筈の彼らでさえ、知的に劣った者として扱われる社会に、リアリティを感じると共に、著者と共に絶望を感じてしまう。
(自らの過ちに由来するのか)医療関係者は理解したくないのかも知れないが、友人達でさえ、理解したいという思いのためにかえって、本当の彼の心、能力を実際には理解していない事が、一切の悪意は無くても、ますます、「居心地の悪さ」を増大させている事で、読む事自体が心苦しくなってくる。
読み進めていくうちに、特に、論理的に一貫していなかったり、何故か意味が掴めない会話を仕掛けて来る『世間』=『多数者』の側に問題があるように思えてくる。
ルウはまぎれも無い善人で、自分の能力を活かした仕事に就いて、セラピストには秘密だが、クラシック音楽を聴き、趣味のフェンシングを習い、ノーマル達とも平和に共存している。決して、不幸ではないし、居心地の悪さは、彼のせいではない。
しかし、その平和な生活に、職場、趣味の仲間、自分自身の心のうち、と3つのレベルで、変化が訪れ、ついに、ルウは、自身で変化を望み、自分自身の変化を決断する。
この部分が、アルジャーノンとは決定的に異なる、ところだ。状況が強いているのではなく、彼の自己決断なのだ。

私の心を揺さぶったのは、次のようなシーン。
 ルウが、脳の働きについて、専門書で独習する過程で『パターンを解析し発生させる為に存在する』という一文で、ショックを受けるシーン。
 人間関係にパターン認識と論理を使いたくないという葛藤。
 閃きの中でのノーマルの思考、いわゆる「心の理論」の論理によらない理解の瞬間。
 癒しについての考察。
私は、変化の前に、ルウが、最後に、森に出掛けて、自分の感覚の限り、自然を味わうシーンが好きだ。
変化の後の章では、大変なショックを受けて、一度、本を閉じてしまった。元ルウを失って、本当に悲しかった。その後、ルウが、元ルウと今のルウを自分で統合して、乗り越えた事は、純粋に、嬉しかった。
それでも、最後まで読み終えて、私たちは、元ルウを永遠に失ってしまったのだと気付かされる。
私は、この時に、この世界についての自分の解釈に決して自信を持てない、哲学的な、独特な思索の持ち主だった、自閉症のルウが堪らなく愛おしい事に気付く。彼が自閉症だったからではなく、彼全体として、魅力的な人だった事に気付く。
決して悲劇的なバッドエンディングではない。これは可能な限りの、ハッピーエンドだ。
それでも、ルウの変化は、私に深い喪失感をもたらした。私は、今、人間の持続性、自己統一性について、別の、幾通りもの解釈を突き付けられている。私がそれらを受け入れるまでは、ルウについての『もし』を考え巡らせて、どれくらい眠れない夜を過ごすのだろうかと不安になっている。

繰り返す。この本は、自閉症に興味が無くても、必ず、読むべきだ。

それにしても、敵意を持って関わってくる者たちが、全員、何らかの形で、『ジャイアン』達に見えるのは、何故なのだろうか。
早期介入とコンピュータ支援の話は少し回想されるが具体的な療法としてABAの名は出ない。個人的には、ABAされる側からの証言(感想)も聞きたかったのだが。リハビリ中に、人に褒められる事が快いという感想を漏らす、新ルウが、どれだけ、元ルウと異なっているかは、自閉症の事を調べないと、判りづらいかも知れない。
軽い部分では、フェンシングの試合運びや、弁護士同士のやり取りもそれなりに面白い。
ルウの名言:『知らない事は知る事の前にやって来る』

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Comments

我ながら、ヘタクソな文章だが、今の限界として、誤字脱字も、このままにしておく。

Posted by: 本人 | 2009.01.13 at 06:41 PM

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