« 現代のイニシエイション | Main | 気力が足りない »

2009.03.06

『東京ゴールド・ラッシュ』


ベン メズリック『東京ゴールド・ラッシュ』


ブック・オフで値下がりしてたので買い求めた。
始めをさらっと読んだけど、日本て国の異常さが上手く記されてると思う。
外国人の目にはこう映ってるって知ってるかは判らないが、呆れたことにこうなんだよな日本人も日本の街も。

この作家は、こうした新興市場マニアな訳かい?

|

« 現代のイニシエイション | Main | 気力が足りない »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

」カテゴリの記事

Comments

書評ではなく、メモ。

「醜いアメリカン人」。
そう、映画「キャチ22」を思い出した。
日本でなら、終戦直後の占領軍従事者に通じる感覚だろうか。
ただし、商社の駐在員と海外で出会っても同じ感覚を抱くと思う。日本の商社マンも昔こうだったことは、企業研究なんか読めば誰でも知ることができる。
むしろ、こうした外地でのアイデンティティ喪失の恐怖や苛立ちによるストレスに目を向けるなら、「アラビアのロレンス」が有名だ。政治や経済との絡みで評価が異なるだけだ。
個人的にはE.T.A.ホフマンの小説の恐さもそれに通じると思っているが。


書き方は古典的で丁寧なノンフィクション小説であり、出だしのノリが掴めなくて、チョットもたついてしまう、という主人公の気分を味わえるのも気が利いてる。
それ以外は、当時として丁寧に、今となっては日常語となってしまった金融用語に訳者によるものだろう脚注も付いていて迷うことなく読みすすめられる。

舞台は、日本のバブル崩壊を何時にするか意見が岐れる所、(ベルリンの壁崩壊後、クリントン政権の始まりの頃の日本)だが、いや、ドルが300円台だった頃の、だ。

めずらしく言外の意志の疎通が、米国小説らしくない感じを受ける。
同質な空気と理解で成り立つ学校の先輩後輩の村社会。正直こういう青春時代を過ごせて羨ましいとさえ思う。自分にチャンスがあったならそうしてみたかった、と。
はじめはそう思っていた。

読みながら、PHILIPPE HERSANTのチェロ協奏曲2番をずっと繰り返し聞いていた。
現代音楽と呼ぶには時代が先へ進み過ぎたらしく、少しばかり保守的な響きをさせながら、線の細さを気にさせないモーフィングするフレーズ。
HEATHCLIFF(ブロンテの「嵐ヶ丘」)バレエ組曲も悪くない。

《ハイスクール時代のコーチは、それを“フラッシュ”と呼んでいた。理性的思考が停止して直感力がそれに取って代わる瞬間、肉体が本能的に反応して動く瞬間のことだ。……フラッシュは意識によってコントロールするものではなく、本能的・生得的なもので、教えることのできないものだ。》

「醜いアメリカ人」。
そう、18章のことかな。
種明かしは、23章以降だが。
すべては小説という密室空間を作るための仕掛けだ。

あるいは、そう、「地獄の黙示録」。

そうして、ミューチャル・ファンドやヘッジ・ファンド、それとスイス銀行の違いって何か考えてしまう。
俗に言う“ヤクザ・マネー”と投資家の資金との違いとか、“空売り”と“鉄砲”とか、東西の飛び道具の違いを、さ。

日本への取材者が示す同じ興味対象が浮上する。
これは日本へやって来る米国人ジャーナリストを名乗る人種の尽きせぬ興味のあらわれで、一風変わった捻りが加えられているが、必須科目なのだろう。


経済小説と呼ぶには軽微な内容だし、犯罪小説でもない。悪党小説?
強いて言うなら、楽天的なアメリカン・ドリーム幻想への追憶、だろうか。

Posted by: katute | 2009.03.10 10:09 AM

簡単に言うと、相場の値動きの仕組みについて日本は素人だって話かな。

Posted by: katute | 2009.03.10 03:24 PM

もう少し付け足し。

バブル崩壊後だし、世界中から続々とやって来るんじゃないから、ゴールド・ラッシュは違うだろうね。
それでも、沸き立つような感覚の中での出来事の連続ではあるけれど。

本能。

己の利益のために相手を足下にして、しゃぶり尽くすため繰り返し弄される嘘と詭弁。
自己保存本能のことだろう。

足りない。

そういう人たちは本能で行動する。
自己保存のためとか、防御のためとか、じゃない。
嘘をつくにも考えてる訳じゃないからスラスラとまるでそれ以外はないと思えるほど自然に、当然のように嘘の言葉が出てくる。
むしろ正当化するための詭弁を弄する頃は破綻が近付いてるサインで、遅蒔きながら自分でついた嘘に躓き始めたか、整合性を持たせようとしてるのだ。

その頃にはどうせ、舵はとっくの昔に投げ出されてるも同然で、噛み合わない現実の回転運動に歯も立たないに違いないのだが。

そうした嫌悪感がまるで湧かない。
そうした醜ささえ、感じられない。

Posted by: katute | 2009.03.11 10:20 AM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 『東京ゴールド・ラッシュ』:

» 東京ゴールド・ラッシュ [書評リンク]
書評リンク - 東京ゴールド・ラッシュ [Read More]

Tracked on 2009.03.08 07:52 PM

« 現代のイニシエイション | Main | 気力が足りない »