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2009.05.11

『マリキータ グアムのひとつの物語』

『マリキータ グアムのひとつの物語』
クリス・ペレス・ハワード

著者の両親、グアムに生まれたチョモロ人の母と米国人の父の出合いと戦争を描いて、日本がグアムに残した災厄の記憶が誌されたものだが、訳者の解説を含め、自分には、この本で認識を改めなければならない点がいくつかある。

スペイン統治放棄後のグアム島民とアメリカとの関係において、チョモロ人は米国人だった、互いの尊厳に対する尊重については割愛するが。

太平洋戦争時の日本軍と朝鮮については、チョウセンと呼ばれて日本人とは認識されなかったことについて、上記とは対照的だ。
それでも太平洋戦争はじめ日本の戦争を戦い先々で日本の走狗となった(?)。

日本がやたら農民を開拓団としたのではなかった。
開墾団として軍の兵站のための労働力として送り出したのだった。日本人はだから互いでも殺し合いもしたのだった。

日本では、軍部は戦争を終決するより、戦争責任を東条に押しつけ、連合軍から国体護持つまり面子を立てるために、ズルズルと1年以上も凄惨な死闘を繰り広げ原爆投下さえ受けたという。

この本は、もちろん、こうした事柄以外に地誌としても美しい記録ともなってる。
解説に当時、著者が反核、反戦、戦争行為の責任追求と賠償運動のために、米国本土からの圧力で職を失う危険に晒されているとある。
こうした社会正義を誇りと尊厳を掛け運動を展げる。

それとは別に、植民地経営という時代遅れな潮流に血眼になった日本の姿が滑稽でもある。
民主主義を標榜しながら島民を無視した総攻撃で島を破壊し尽くした米国の嘘。
それは著者の父親が抱いていた誇り高き精神ではない。

そうしたことから現在の経済戦争で欧州が国をあげた作戦を繰り広げる中で日本だけが企業単体で挑んでいるのは、いかにもこうした記憶によるトラウマか、狡猾か。

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Comments

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Posted by: katute | 2009.05.15 11:05 AM

日本が敗戦と同時に外地人を切り捨てたことを忘れてた。
あれはどういった心の現れなのか、不思議だ。

Posted by: katute | 2009.05.22 11:31 AM

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