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2009.07.23

『太平洋の防波堤』

小説作法めいたスクリプト集が面白かったので小説をちゃんと読んでみたかった。

校正で見落とされた誤字脱字でなく、東洋的思想を語るもっと適切な日本語があるような気もするが、私自身が原文を読めるのではないので、小説叙述上での若干の往ったり来たりな記述は我慢しよう。
今の私が執筆時のデュラスを30代半ばの駆け出し作家と認識するのはズルイかも知れない。だが実にこの人は現代的な視点を持って世の中を見回してたに違いない。
マルグリット デュラス『太平洋の防波堤 (河出文庫)』

舞台装置で秀逸なフランス的と呼ぶに相応しい植民地の倦怠と不運に打ち拉がれた哀れな精神とをギリギリ手前に並べて見せる手腕だろう。
どうだろう、つまりこれをコクトーの『恐るべき子供たち』と並べてみるのは?

その先の物語が第二部で始まる。
未熟な家族の物語。読者に悟られぬように展開するのは歪な成長を果たした老齢の母親と十代の娘の対比であり、それとは異なる様相の息子との対比。そして兄妹。
家族三人の姿を、それぞれのその年齢のリアリティを描こうとするデュラスの仕掛けは父親の不在だろうか。作家自身が父親への信頼を損いたくないためか、または、そんな父親か祖父との醜いまでの未熟な人間関係はフラナリー・オコナーに描かれているためか。貧乏が捻じ曲げてしまった人間としての品性を。
そうして、それぞれの依存と独立を描く。
ジョゼフの、酒によって欲望に目覚めた残酷な人間、というのは道徳的に少々言い訳めいてるだろう。
そうして、見せ掛けとなった古い道徳観念を振りかざして読者に示そうとするのは、お題目となってしまった人情話か?
なぜ作家は復讐を目論んだのだろう。消せない怒りの復讐を、誰に。
総じてシュザンヌが理解する物語として描かれ語られている印象が残るのは、そのためだ。

訳者解説には敢えて逆らい、ナサナエル・ウエスト『クール・ミリオン』を想起したと付け加えておこう。

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