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2009.08.31

読了:『脳の中の幽霊、ふたたび』


V・S・ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ』

リース講演の内容を整理したものだそうだ。 前作同様、大変楽しませていただいた。 以下は、自分の感想というより、メモ。 著者の書くものを読むと、前作もそうだったが、何故か、この部分の内容は知ってる、あるいは、この現象(について書かれた内容)については自分もそういう感想を持っていた、と言う、奇妙な既視感を持つことが多い。それは、読み終えたばかりのこの本を初めとした、記憶や自閉症について書かれたもの(正統的なものから、シトウィック、そらパパ、苫米地氏の一部の著作等のまだ一般的でないもの)まで、結構、周辺的な本も読んでるからでは無かろうかと思うが、これも錯覚かもしれない。 この本では、一般向け講演という性格から、初めの方は、おさらいとして、鏡を使った幻肢や幻痛の対処、その考えられる原理を、新しい知見と共に説明。脳のシナプスの配線が、多重フィードバック回路を成しているため、誤った制御信号が発生したり、それを別の信号で修正したりということ。 また、かなり大胆に著者の考えを述べていて、興味深い。中でも、神経美学が一番の目玉。次が共感覚とミラーニューロンシステムの話題。 3章から本腰を入れて、著者の思うところを垣間見せてくれる。

目次
第1章 脳のなかの幽霊
第2章 信じることは見ること
第3章 アートフルな脳
第4章 紫色の数字、鋭いチーズ
第5章 神経科学―新たな哲学

まず、著者の挙げる美の普遍的法則:対称性、グループ化(同じグループのものを好む)、コントラスト、ピークシフト(特徴の強調と言って良いか、行動分析的に見られる)、孤立(省略化、特徴抽出と言ってもいいか)、知覚の問題解決(いないいないばあが好まれる、全部見せない方が好まれる)、偶然の一致を嫌う/包括的観点、反復/リズム/秩序性、バランス、メタファー。
で、なぜ、人間は芸術を行なうのか。学説を4つ挙げていて、4番目に著者の考え、バーチャルリアリティ・シミュレーションとして発達させてきた説を出す。これは、進化も考慮に入れると、非常に整合性がある。
この辺は、未訳のアートフルブレインで展開した理論らしい。
4章、フランシス・ゴールトン(ダーウィンのいとこ)が共感覚を発見。この前もこの人の話を読んだなぁ。
著者は、共感覚者を、おおよそ、0.5%(200人に一人)と推計している。また、共感覚の発生の原因を、シナプスのクロス配線(近い部分との混線)の問題ではないかと提案し、その発生源(クロス配線の場所)によって、低次(感覚に近い部分)と高次(統合部分)に分けている。ここから、共感覚の有無のチェック方法(ランダムに5と2を配した白黒の画像)を考察、共感覚者は一瞬で見分けること(それぞれ違う色がついて見えるため)を確認している(これで現実の現象であると認めさせた。また全員が同じように見る訳ではないが、ある傾向はあるらしい)。また、例のブーバキキ実験が、すべての人が共感覚者であるという証拠になるともしている。これはある程度納得される。ここから、共感覚は、感覚のショートカットであり、必要によってに発生、あるいは、残された機能ではないかと類推する。
言語の発達も説明可能として、言語機嫌の共感覚的ブートストラッピング説を提唱。(かいつまんでいうと)共感覚的な形状と発音の混同によって、単語が発生し、それらが更に、視覚、運動で連動して、ジェスチャーから言語に到ったと。統語構造も複雑な作業(道具の作成等)の自然な入れ子構造からの適用だろうと。またミラーニューロンの活動によって赤ちゃんはネイティブな発音を修得するとする。
島民全員が共感覚者という場所があるらしい。脳全体で共感覚が発生すると、芸術家になる、と言うが、これはポジティブ過ぎる気がする。行き過ぎると、混乱の方が大きいのでは。
更に、失読症等の解決の可能性を挙げる。素晴らしい。
5章は、神経科学、哲学との関連。自由意志との関連を示す。最新の知見では、主観的に指を動かそうとする『前』に、脳が準備電位を出す、つまり、意思に先立つ脳活動があると。この現象を本人に観察させるとどうなるだろうかという思考実験も面白い。本当、こういう風に予想して実験するものだ。
では、この遅延は、なぜあるのか。この推理も面白い。
また、1章で説明したカプグラ妄想(よく知ってる他人を偽物と言い始める)の原因を推論する。ここも、実証可能な原因(視覚野と、辺縁系や扁桃体との結合が切れている)を想定して、それを支持する結果を得ている。
コタール症候群(自分は死んでいる)。この患者は理詰めでは納得しないそうだ。ここから現実感喪失・離人症・その他の解離状態が、情動の世界での死んだフリであること、緊急時の情動の抑制と極度の覚醒で必要な防御反応に備えているのではという。これが脳障害や化学物質のアンバランスで起こると、世界の意味付けを失うのでは。
右の人差し指で左の人差し指をトントンと叩くと、右の指は打撃を感じず、左だけ感じる。統合失調症患者は、両方同じに感じる可能性があると。自分をくすぐると笑うかどうか。これらが検証されていないとは意外だ。
クオリアの問題。自己とクオリア。自己は、連続性、自己は統一されていると言う観念、身体性あるいは所有の意識、行為主体としての意識(自由意志)、内省の能力(それ自身を認識)で定義づけられる、そうだ。
これらから、自己を神経科学の立場から取り組む可能性を提示。ここから大胆な予想になる。クオリアは、必要によって進化した筈、感覚表象からメタ表象が作られ(著者はこれがホムンクルスではないかという)、抽象化、シンボル操作の機能では?そして、推測(計算)を生み出す元では。
これらを考察するために、ウェルニッケ症候群(意味のある会話が出来ない)の患者は言葉を使わない嘘もつけないのではないかとか、病態失認の患者は、自己欺瞞と言える嘘をついてしまう。
まとめがウマくないので、判りにくくなってしまったが、著者は自己とクオリアは表裏一体だと主張する。
(コウモリは超音波の反響にクオリアを感じている?これはありそうだ)
自己は、社会的な交流によって、その文脈で進化した可能性がある。他人の心をモデル化してシミュレーションするところから、自己も生じ、それだから、ミラーニューロンが必要で、自閉症では、ミラーニューロンのシステムに欠陥があるため、共感に欠けたり、自己刺激行動にふけったりするのではないかと。そうか。自閉症の赤ちゃんは舌出しの真似をしないのではないか、自閉症者は赤面しないのではないかと推測。
ミラーニューロンは模倣学習の基礎でもあるだろうと。
でも、この本で使われる「計算」という言葉(の使い方)は、私には馴染み深い。
締めに置かれたファインマンの言葉は素晴らしい。
ちなみに、この本には、著者注(色々なタイプの共感覚についても)が大量に巻末にあるので、それらも全部読むことをお薦めする。
フランシスクリックが、神はハッカーであって設計者ではないと言ったのは、何処でだろう。

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