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2009.08.14

『生きる葦』メモ

「生きる葦」(1963)は、朝鮮戦争を舞台として、1881(明治14年)から太平洋戦争の終結した1945年(昭和20年)にいたる64年間を描いた一大長編小説である。
 パール・バックが「生きる葦」を描こうとした目的には次の二つが考えられよう。すなわち、一つには、朝鮮の真実を描くことであり、一つは、その朝鮮に対して無知であったアメリカに対する警世ということである。
 〜役者あとがき

本文の第二部で、ウッドロー・ウィルソンに国の独立を頼ろうと気運が高まる頃、『「偶像は持たないほうがいい」と医者は言い、帰っていくとき、悲しげな微笑が口もとにただよった。』
そうして、代表らがパリ会議でウィルソンと接触する折り、補佐官の囁きを耳にする。
『「二度と、民族自決のことをおっしゃらないように希望いたします。そのような考え方を、ある人種の頭のなかに入れるのは、断じて危険です。そういった人種は、あなたと平和会議にたいして、不可能な要求をすることでしょう。そのことばには、まったくダイナマイトがつまっているのです。あなたがそれを口にされたのは、お気の毒なことでした。それはたくさんの悲惨をひき起こすでしょう」』
それから歴史は進み、孫たちは対立する。
『「なぜ、アメリカ人なのだ」と彼は聞いた。「アメリカ人は、われわれに、なにをしてくれたか」
「アメリカ人は、一度も、われわれの土地を取ったことがない」とリャンは答えた。「アメリカ人は、一度も帝国主義の夢を見たことがない。なにをしたにせよ、しなかったにせよ、アメリカ人は、われわれが夢みてきただけの理想を宣言した唯一の国民だ。実際、われわれは救われはしなかったが、アメリカ人、ウッドロー・ウィルソンは、民族の自決を宣言した」
「ぼくは、その人のを名前を聞いたことがない」とサッシャはやり返した。
「その人は死んだ」とリャンは、静かに言った。「そして、ぼくは、その人が自分の約束がどんなに大きいかを知り、それを果たすことができないことがわかったとき死んだのだと思う。だが、死んでも、その人は生きているのだ」
 サッシャは、そっぽを向いた。「きみは、宗教的になりつつある」』

小説は、1883年の条約をアメリカが無視し、それとは矛盾する日本との条約を1905年に結んだかを背景として、独立を守ろうとする親子三代を通じて描く。
主には、メロドラマで、家庭生活とか男女差とかに、発表当時の読者は慰められたことと思う。
大味な歴史俯瞰と、細部の勘違いから、今日では書き直しを要する作品と思われる。
ただ、役者あとがきにある翻訳作業の協力体制が当時の政治的な熱気を感じさせ興味深い。

さて、植民地独立運動が華やか当時はポスト・コロニアルな視点から世界を眺めていたとして、今日のコトバでそのキーワードを捉え直すと、「プラハ宣言」になるだろう。
オバマジョリティさんたち、さぁどうしますか?

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Comments

誤字訂正:
役者あとがき → 訳者あとがき

Posted by: katute | 2009.08.18 04:44 PM

【その時の今日】虚しい希望抱いた植民地・朝鮮
1919年1月18日
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=125232

コラムなので(?)、歴史事実と願望が混ざってる。

Posted by: katute | 2010.01.21 10:11 AM

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