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2009.09.12

恐怖マーケティングと愛国心

 恐怖はまた、人々が理性的に考えていたら行なわないようなこともさせる力を持つ。ニュルンベルク裁判の最中に、心理学者のグスターヴ・ギルバートが、ナチスのヘルマン・ゲーリング元帥を刑務所に訪ねている。ギルバートは著書「ニュルンベルク日記」(Nuremberg Diary)のなかで次のように書いている。
「話は再び戦争の話題になったので、私は、彼の見方と違って一般市民は戦争や破壊をもたらした指導者に対して、あまりありがたみを感じていないのではないかと言った」
これに対してゲーリングは、肩をすくめてこう答えたという。
「そりゃもちろん、一般市民は戦争を望んでいませんよ。そこら辺のあわれな農夫の身になれば、戦争から得られる最良の結果といえば、自分の農場に五体満足のまま帰って来ることくらいのものですから、わざわざ自分の命を危険に晒したいとは考えなくても当然でしょう。当然普通の市民は戦争が嫌いです。それはわかっています。しかし、結局政策を決定するのは国の指導者たちであり、国民をそれに巻き込むのは、民主主義であろうと、ファシスト的独裁制であろうと、議会制だろうと共産主義の独裁制であろうと、常にたやすいことなのです」
「しかし一つだけ異なる点があります」とギルバートはゲーリングに指摘した。「民主制の下では国民は選挙で選んだ代表者を通じて、参加することができるし、アメリカでは議会だけが宣戦布告できます」
「それはそれで結構なことですが」と前置きをして、ゲーリングは答えた。
「意見を言おうと言うまいと、国民は常に指導者たちの意のままになるものです。簡単なことですよ。単に、自分たちが外国から攻撃されていると説明すればいい。平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だとして、糾弾すればいいだけのことです。そうすれば、どんな国家だろうが、同じようにうまくいきますよ」
~シェルダン・ブラントン×ジョン・ストーバー『粉飾戦争』第六章 恐怖の活用

ゲーリングが教養のある紳士であったことがよくわかる。そして実に理知的な論考をしていると思う。
それを、簡潔に言うならば、これだろう。

リヴィウスは言っている。
「大衆は常に、政治を行なう者を模倣する」
~塩野七生『マキアヴェッリ語録』第一部 君主篇 71

この言葉は英国の、新聞についての格言と性格が似ている。
一言で済まされるほどに当時は背景を共有していたのだろうか。
それで、「第二部 国家篇」を読むのに『粉飾戦争』を読んで置くとスラスラと面白いほど読めてしまう。

そうして、現代の精神状況を共有するには、さらに、こうした言葉が必要に思える。

脅迫は、相手の要心を目覚めさせるだけだし、侮辱はこれまで以上の敵意をかき立たせるだけである。その結果、相手はそれまでは考えもしなかった強い執念をもって、あなたを破滅させようと決意するにちがいない。
~塩野七生『マキアヴェッリ語録』第三部 人間篇 43


ブローバックという言葉は、秘密情報部員が外国で流したデマの本国への逆流を意味し、もともとは中央情報局の当局者が内輪で使いはじめた言葉だが、いまでは国際関係を専攻する学生のあいだに広まりつつある。その意味するところは、アメリカの国民に秘密にされている政策が意図せぬ結果をもたらすことである。「テロリスト」や「ならず者国家」や「不法な武器商人」など有害な行為が毎日のように報道されているが、それらはかつてのアメリカの活動の「ブローバック」、すなわちアメリカの帝国主義政策にたいする報復だとわかることがしばしばある。
~チャルマーズ・ジョンソン『アメリカ帝国への報復

逆流と言ってるが、結果は「逆噴射」が近い。
幾度か言及されるブローバックは現象として定義しづらいと思う。
国家的な(?)PRが見えてきたろうか?
それとも、読者になろうとする意志を挫いたろうか?


《ニューズウイーク》誌に、なぜコカ・コーラへの抗議運動にこれほど力を入れているのか、とたずねられたとき、マリンズは次のように答えた。
「エチオピアで人びとが飢え死にしつつあり、中央アメリカの人びとも生命の危機にさらされているというのに、なぜ私はこんなことにエネルギーを注いでいるのか、とおっしゃりたいんですね。そのわけは、だれかがこれをやらなければならないからです。私たちは常に、自分たちの民主国家を注意深く見守っていかなくてはなりません。むかしのコークを市場から撤退させることは、私の選択の自由を侵害することでもあります。これは、マグナカルタ(大憲章)や独立宣言と同じように基本的なことですよ。アメリカが日本と戦争したのも、この自由を守るためだったじゃありません
か」
~トマス・オリヴァー『コカ・コーラの英断と誤算』 10 抗議の波

1985年、3ヵ月に及ぶ抗議声を受け入れ、自らの誤りを認めたコカ・コーラは、顧客に頭を下げて詫び、是正した。
企業だったから出来たのかも知れない。

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