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2009.10.09

第九、ほか

MAHLER 4 MOVEMENTS
マーラーの断章という秀逸な題材をエストニアのPaavo Jarviがフランクフルト放送交響楽団と取り組んだアルバム。

TOTENFEIR
SYMPHONY NO.10:Adagio
BLUMINE
‘WHAT THE WILD FLOWERS TELL ME’

Mahler Symphonie Nr.9
London Symphony Orchestra・Sir Georg Solti

MAHLER 4 MOVEMENTS
マーラーの断章という秀逸な題材をエストニアのPaavo Jarviがフランクフルト放送交響楽団と取り組んだアルバム。

TOTENFEIR
SYMPHONY NO.10:Adagio
BLUMINE
‘WHAT THE WILD FLOWERS TELL ME’
交響詩「葬送」と呼ばれる第二交響曲「復活」第一楽章の初稿、未完の10番のアダージョ、近年に第一番に付随すると考えられる「花の章」、ブリテンによってダウンサイズされた第三交響曲の第二楽章。

マーラー自身は19世紀後半を生きた人で世界大戦前に亡くなっている。
弟子だったワルターの回想記「主題と変奏」にはユダヤ人差別で不遇を囲ってる記述もあったが、マーラーの芸術家肌は金銭的な些事よりも己の信じる作品を理想的な姿で上演することこそが至上命令であるようだった。尤それを実現するための献身的な労力はとてつもないものだが。
マーラーの自然主義的な小説を思わせる作品から受ける絶対的な力が、どのように音楽として定着されたかを知るのに興味深い内容が一同に介し、当然ブルックナーの思い出も随所に蘇る。

Mahler Symphonie Nr.9
London Symphony Orchestra・Sir Georg Solti
この気迫に満ちたティンパニー、これだけで既にマーラーだ。それをこんなにも、衰えを知らぬ、追い込むような勢いで、あらゆる楽器が吠え叫ぶ怒濤の音楽が三つの楽章にわたって50分ほど繰り広げられ、最後にアダージョが演奏される。なるほど「20世紀への遺言」といわれた音楽だ。

さて、交響曲10番のアダージョ。いくらマーラーでも奇怪な内容だ。第四交響曲のスケルツォだろうか。もうこの世とは思えない。
そもそもマーラーの音楽は地政学的に、どこに属すのか。また、風水では、どこに配置すべきなのか。
これは交響曲という枠組みではない、異質なものではないだろうか。例えるなら作家デュラスが作品を小説と名乗らなくなったように。

ロシアの貴婦人に臨終の床に呼び付けられ来世での復活について問われながら何も答えられなかったマーラーの姿を思い浮べながら、密かに「宇宙樹幻想」と呼びならわしている交響曲第二番から、こうして第一楽章だけ切り抜いて聞くというのも、音楽の内的運動に支えられながら何やら山海の珍味を味わうような心地がする。

ところでマーラーはスペクトル楽派は、どう思ったろう?

そう思わされるほどにパーヴォ・ヤルヴィが、こんなにも交響曲(?)が上手かったとは、御見逸れしました。
案外19世紀的な人なのかもね。

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