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2009.11.07

読了:『ミンスキー博士の脳の探検 ―常識・感情・自己とは―』


Marvin Minsky『ミンスキー博士の脳の探検 ―常識・感情・自己とは―』


Amazon.co.jpの内容紹介より引用:



今日まで,専門的で難しい問題の解決を手助けするプログラムが組み込まれたコンピュータは多数開発されてきました。ところが,私たちの日常生活を助けてくれるような,「常識的な思考」ができるマシンはいまだに存在しません。なぜ,そのようなマシンの実現が難しいのでしょうか? 普通の人々が持っている常識を持ち,臨機応変なことのできるマシンを,なぜ実現できないのでしょうか?

この部分で、この本のフォーマルな目的は全部尽きている。但し、残念ながら、私には、これらの質問の答えは、見えなかった。
私の考え方を変えて、現在の思考方法に辿り着く(まだ途上だが)切っ掛けになった、名著『心の社会』の注釈本としか感じられなかった。自分の能力の限界なのか、若くして亡くなった高弟との共同作業なのに、至極残念。
取り敢えず、思ったことを若干書いておく。
まず、この本および著者の主張は、人間の心を機械にプログラミングするにはどうすれば良いかと言う工学的な設計考察から来ているのであって、実際の人間の脳の構造とは一応切り離して考えているものと思われる。分散知能とでも言うべき心の社会を書いた後で、どう進展しているのか気になっていたので、喜んで読み始めたのだが。
深いが、方向性が違う(間違ってる)ように思える。

Amazon.co.jp: ミンスキー博士の脳の探検 ―常識・感情・自己とは―: Marvin Minsky, 竹林 洋一: 本より引用:


目次

第1章 恋をする
第2章 愛着と目標
第3章 痛みから苦痛まで
第4章 意識
第5章 心的活動のレベル群
第6章 常識
第7章 思考
第8章 思考の豊かさ
第9章 自己


上の目次の通り、脳の内面から考察するスタイルを取っている。前著でエージェントとした思考単位は、今回は擬人化の要素を排すべく、思考素、その塊を思考路と言う。確かに、こちらの方が真意が伝わる気がする。
判断が必要な時に、if thenで繋がる簡単な場合を越えた問題に対して、批評家と選択家で複雑な状況への対応を考察するのが、メインなのだが、これでは、無限後退を招くとして、氏が排除しているホムンクルスとの違いが判らない。部分的なホムンクルス(批評家、選択家)さえ必要無いのではないだろうか。
氏の考察は、プログラミングし易い方向で、抽象化された記述レベルで進んでいるように思うのだが、脳の神経細胞のネットワークは、そういう風には出来ていないように思う(最終的には、チューリングマシンとして等価だからいいのか?)。
知識と言うか、判断や思考が思考素の活性化、その連鎖上の活性化が思考路と言うことなら十分理解出来る。そこから、判断等まで、一気に抽象しているように思えてならない。私が思うに(自分の考えが固定してしまったのかも知れない)、神経細胞の興奮は電気回路のように絶縁が完璧ではないし、漏洩を利用していると思う。活性化した思考路は、しばらく、活性化しているし、似たような信号が来れば、間違えて活性化することもあるだろうし、隣の思考路が活性化したら、釣られることもある、と思う。そして、この混線、残響が、思考ではないのだろうか。この時、思考路全体で見れば、判断や決断をしているように見えるが、批評家や選択家のような思考回路は無い、と思う。
この本では、全部、批評家、選択家で進めるので、抽象化の方向が違う気がして、最後まで違和感が消えなかった。記述レベルの違いと言えば、いいのかも知れないが、実装を考えると、批評家をどう組み立てるのか、全然、見えなかったのだ。
K-ライン、インプリマは、実に魅力的な概念だが、抽象レベルが大分違うように思う。随分と議論の先を急いでいるように思える。
後、残念なのは、行動心理学(行動分析と違わないようだ)がお嫌いなようであるのも、その理解が表面的なこと(プラスの強化学習は認めても、失敗による学習が無いと批判されるが、そうではないし、氏の理論でも失敗から学ぶ具体的な戦略は示されない)も残念だし、初期フロイトの構造化された心と言う考え方への共感も、私には、残念だ。

ミンスキーの脳の探険のメモ。
22:複数の思考路を使おうと競合したら、どうなるかを考察し高次のマネージメントの必要を唱える。但し、意識の流れは幻想という立場。
複数の小プロセスが走る、子供は思考路が一つしか同時には稼動しないと言う。これは早まった言い切りだと思う。競合のマネージメントが足りないから、落ち着きが無いのではないか?
25:階層になった心のシステム。だがこれは抽象レベルが違う話ではないだろうか、特に検閲などがあると。
34:正の強化学習の不足面を指摘。限界があるのは正しいが、ただ、成功よりも失敗から深く学ぶ事もあるというのは、議論の焦点がずれてる。
37:アリストテレスの言う恥の定義。敬意を払う人の前でどう判断されるかが基準。
42:インプリマの定義。これは素晴らしいと思う。54も。反応の速さ、やり取りの強さが鍵。
65:広い意味でのインプリマ、所謂カリスマについて。結果的に密接なふれあいを感じさせれば良いだけと。
87:エキスパートとは、すべき事を知っているので、つまらない間違いを滅多にしない人。ここまではいいが、フロイト以外にこの認識が無く、この議論が消えたと言う、その理由として行動主義の隆盛を上げるが、それは言い掛かりではないだろうか、フロイトの理論が科学ではなかっただけでは?
ここの辺りから批評家がキーワードになる。
115:脳は進化の産物でパッチで出来ていると言うのは、賛成。
150:強化学習の理論への批判だが、その理論が主張していない事を批判しているようにしか読めない。
156:探索の規模を大幅に縮小する戦略、途中の中間点を目指して両端から探索すると、桁違いに減らせる。これなら試行錯誤してもペイすると言う戦略。
158:人は、直面した問題を分割統治する為の大量の常識的知識を用いている。何に注視すべきかをどうやって見つけるのか。ーこれは納得の行く議論にはなってないかも。
194:パナロジー(平行的類推)の導入。
204:記憶の達人達の否定だが、思い込みで否定しているように見える。ルリアのSを記憶の速さで比較するのは間違っていると(本文の趣旨からはそう思うのだが)。
この辺りを読んだ感想を言うと、ミンスキー氏は、記憶に大変優れているので、記憶量の問題に気付き難いのではないだろうかと言うこと。
248:過ちにより学ぶことは正しいし、パッチに基づく更新も正しい路線と思うのだが、更に局所最適化の罠から逃れるのにも内省でと云うのはもてはやし過ぎではないのか
266:ダマシオとは逆に意思決定能力の低下が感情と気持ちの変動可能な幅を狭めたと言う つまり、感情を引き起こす心の津波を起こせないからだと 批評家を選択出来ないせいと云う これは証拠を出せない議論ではある
269:ミンスキー氏の問題解決のパターン。これは氏の発想の構造を表していると思える。これだけでも読む価値有りだが。
方法を知っている 広範囲に渡って検索 類推により推理 分割して攻略 再定式化 計画を立てる
単純化 昇格させる 主題を変える
希望的観測をする 自己内省 他人になりすます
論理的矛盾 論理的推論 外部表現 想像
助けを求める 助けを頼む
299:ここのところは人工知能と心理学の両面からの研究を提案している。自己啓発本はお嫌いなようだ(同意する)。とは言え、批評家選択家の枠組での話。
318:短期記憶がコスト的に高価だから、数量の制約があるとするが、これはコンピュータとの類推を利かせ過ぎではないだろうか。生体ではコストが高いのかどうか不明ではないのか。
328:天才男性20人の伝記を調べた研究への言及があるが、これは眉唾(少なくとも例が一桁足りない)。
350:人間の「思考の豊かさ」の大部分は同じ状況を記述するための複数の方法を持つ事から生じる。では、どうやってどの方法表現を選ぶのか。
405:心のバグ(記憶を過度にコントロールする思考素)、心の寄生体(ミーム、概念の自己複製子の集合体)、これらは自分も考えてたものに似ている、局所解で固着して抜け出れない思考回路の事は考えてた。
自己は幻想であると再度確認している。
この後は、幾つかの思索を再度確認している。

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