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2011.01.11

日本と海外ではモノがひっくり返って見えるらしい

電子書籍の話をすると海外記事は今後の編集出版作業の盛況を書き/掻きたてるのだが、日本では何故か紙への印刷需要が減るといった話になってしまう。
で、印刷屋は編集できるのか?
テレビを見なくなったのはコンテンツの質が低下したからだろう、面白いか否かよりも編集の手間を掛けたかどうかで、絵描きが工房を解散して孤独な作業を始めたように、コンテンツもまた孤独な作業を通じてパトロンを称えるのだろうか。
抒情的なお涙頂戴を書いてみたが、実際にはデザイナーと呼ばれる人たちが以前には撮影修正と組版・校正から製版までの一人屋台のような労働強化であり、この場合のコスト削減は労働意欲減退による質の低下を呼ぶだろう。それを恒常化するというのだ。

むかし世話になった組版屋に会った。
Ver.違いのソフトに対応するためMacを数台並べ、文字詰めを気にする写植時代の組版を今でもやっていた。15校だろうと20校だろうとページ単価に変わりが無くなったのはデジタル以降のこと。6月入稿分が入稿されていた。


大日本印刷が直面する「印刷」の危機、電子書籍に活路はあるか《新「本業」で稼ぐ》

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